革命直後のロシアで文学活動を開始し、やがて発表の場を奪われ失意の中で生涯を終えたブルガーコフの、発表の当てもなく書かれた晩年の長編小説。
1930年代のモスクワを舞台にした、“悪魔”の一味により日常が非日常の混乱へとすりかわっていく一種の不条理小説だが、ヒロインの名前からも明らかなように、「ファウスト」の世界がベースの一つとして取り上げられており、登場する“悪魔”もメフィストフェレス的な強烈な個性を持っている。しかし、ファウストの魂がメフィストフェレスの手から逃れ、マルガレーテの祈りによって救済されたのに対し、この物語では巨匠とマルガリータは、社会に居場所を得ている人々を破滅させ、笑い物にする悪魔・ヴォランドによって、庇護と救いを与えられる。
悪魔による救済。それは、「人が人を支配する」社会によって抹消されようとしていたブルガーコフ自身が求めたものなのかもしれない、と思うと切ない。だが、巨匠の小説として描かれるピラト(ピラトゥス)の物語においては、ドストエフスキーの「大審問官」におけるキリストのように、“教え”と切り離されたイエス(ヨシュア)が、“教え”と切り離されてもなお、救いを与えうる存在として期待の眼差しを集めている。ただ、ピラトをイエスの待つ道へ進む“赦し”を与えるのが、悪魔によって解き放たれた(そしてその解放は“神”の側に在るはずのマタイから依頼される)巨匠なのである。
…というような個人的に興味をそそられた部分を別にしても、内包するものの重さとは裏腹に、現実世界をシニカルにこき下ろすブラックユーモア的な作品としてもとても面白く、勢いのある作品。悪魔一味のキャラクターの立ち方が半端なく、古さを全く感じないドライな筆致、明快な読みやすさにブルガーコフという“巨匠”の力を感じる。
- 感想投稿日 : 2011年5月27日
- 読了日 : 2011年5月27日
- 本棚登録日 : 2011年5月27日
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