戦艦武蔵 (新潮文庫)

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現実の事件・事象をめぐる事実をふまえ,文学的に
構成した作品を記録文学という。吉村昭はその代表的
書き手。記録文学を因数分解すると、ノンフィクション
ルポルタージュ・実録・裏話…になるかな。
僕の中では吉村作品は「プロジェクト小説」である。
「羆嵐」は巨大羆との壮絶な格闘記、
「漂流」は無人島に流れ着いた男の生還記、
「破獄」は11年間に4度も企図した脱獄記、
「零式戦闘機」は設計者・技師・操縦者の哀歓の記録。
善悪・良否という二元論では片付けられない目的を
果たすために狂おしいほどの熱情と知恵を注ぎ
プロジェクトを完遂させる様を丹念に描く。

さて本書。戦略的都合上、徹底した機密保持の下、
当時日本最大の造船設備を誇っていた三菱重工長崎
造船所が4年の歳月をかけて建造した「戦艦武蔵」。
まさしく世界一の攻撃力に加え、最強の防御力を誇る
不沈戦艦。その建造過程を全ページの内、200ページ
余りを費やし仔細に記述。

残りのページは、武蔵が参戦時には日本の戦況を
覆すのは厳しく、不沈戦艦武蔵の使い道は遮二無二に
突撃し、肉弾特攻戦に向かうという捨て鉢状態。
米軍機による波状攻撃を受け、持ち得た能力を発揮する
ことなくレイテ沖で爆発四散し深海に沈む。
乗組員2,400名の内1,000名以上が戦死。
動機と結果の不一致という無様な終焉を迎える。

戦局の趨勢を握るのは戦艦ではなく航空機に移っている
ことを軍部は知りつつ、なぜ建造に至ったのか?
著者は抒情性を一切排した筆致で遺漏なく製造過程を
丹念に描くことで、軍部の無計画さと戦略の無さを
浮き彫りにしていく。

世界一の戦艦を持つことの意義・意図が不明確であり、
非論理の上に建造が決定される。そこに屹立するのは
不沈艦を持ちさえすれば日本の国土は十二分に守護
できるのだという「神話」のみ。
山本七平の「空気の研究」にある「思考停止」状態が
壮大な愚行を生んだのか?

武蔵と大和。一卵性双生児の様な「巨艦不沈戦艦」。
いずれも重油の確保もままならず、護衛航空機をつける
ことができない状況下に出撃し、壮絶な最期を迎えた。

思考停止・非論理・神話の屹立…。
70有余年前、目を背けたくなる壮大な愚行を日本民族
がしでかしたことを教示してくれる貴重な記録。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション
感想投稿日 : 2018年9月12日
読了日 : 2018年9月12日
本棚登録日 : 2018年9月12日

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