どのお話もただ美しい純愛としてだけ了解できるものにはなっておらず、濃淡の違いはあれど底の方にエゴの奔流が流れている。いくつかの事実の断片を手がかりに事件の真相を解き明かすにつれ、そのどす黒い流れが垣間見える仕掛けになっている。そして、偽善であろうと自己満足であろうと情は情であり、純粋なエゴイズムであるがゆえに美しく見えることもある。
個々のエピソードについて話すなら、2つ目の「桔梗の宿」が1番よかった。この話も広義には恋愛をテーマにした短編ではあるが、それらは自由恋愛ではなく、他にすべもなくただ生存本能として選びとらざるをえない恋愛だ。他の恋愛小説のように華々しくなく、重苦しく切実なものだ。花が、そこがどんな荒れた土地であっても自分では咲く場所を選ぶことができずただ種の落とされた地に根を張り芽を出すことしかできないように、花町という土地に、しいてはその時代の日本に生まれついてしまったがゆえの美しさなのだ。愛は美しいが、この物語を美しいと感じてしまう読み手の私のうちにもエゴイズムがある。荒れ野の花はそこが荒れ野であるが故に際立ち人の目には美しく見えるが、初めからそんなところに咲くべきではない。
読書状況:読み終わった
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- 感想投稿日 : 2023年7月21日
- 読了日 : 2023年7月21日
- 本棚登録日 : 2023年7月19日
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