偶然の音楽 (新潮文庫)

  • 新潮社 (2001年11月28日発売)
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★★★★★★車中ラジオから流れる弦楽四重奏曲のアンダンテ。クープランの「神秘的な障壁」という曲が出てくるが、自らはどこへも行き着かず、ただ空虚さを際立たせる。小説の中心となっているのが「石を積んで壁を作る」という古代や中世奴隷のような極限状況。そのなかで相棒のポッツィは次第に精神に変調を来たし、ナッシュも平静を保とうとしつつ次第にバランスを見失っていく。見張り役となっているマークスも異様な存在感を醸し出し、それらが奇怪なコントラストをなしている。また、トレーラーハウスで聴いたモーツァルトとヴェルディのレクイエム。そしてクープランからサティまで聞かせて、オースターは敢えてワーグナーの名前をはずし、既成概念に捕われることを否定する。作品中で言及される具体的な名前にもそれぞれ特別な象徴的意味を匂わせるが、オースターはそのような期待を裏切るかのように沈黙を貫く。そして、物語は突然、予期せぬまま終わる。やがて物語全体が人生そのものの比喩として考えられ、やり場のない虚脱感を覚え、ほとんど奪われるように訪れるこのカタストロフィはあまりに衝撃的。堅牢なディテール、ニュアンスに満ちたエピソードにもかかわらず全体としては不可解なプロット。しかし、ストーリーテリングの上手さや心理描写の的確さはさすが。息苦しさを覚えるほど閉塞的な状況ながら、次が気になって読むのがやめられなくなる。オースターは他にも、この世から自分の存在をきれいに消し去ってしまいたいという欲望を持つ主人公を描いている。冗談めかしていうナッシュの台詞が印象的―「望みのないものにしか興味がもてなくてね」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: オースター
感想投稿日 : 2019年12月5日
読了日 : 2013年10月10日
本棚登録日 : 2019年12月5日

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