「舟を編む」を半分まで読んだ翌朝、つまり馬締のラブレター作戦のくだりを読んだ後、私はこんな夢を見た。
私は若くて綺麗な女性と知り合いになる。そのあと労務者2人とも知り合いになる。そのあと知り合いの先輩から、「(先輩と同じアパートに住む)あの女性が(同アパートに住むあの労務者から)目をつけられて困っている、ひいてはお前は知り合いらしいから一緒に行って談判して欲しい」と頼まれる。(以上夢なので色々長いけどかなり端折りました)
私はその古いアパートに赴くと、ちょうど彼女が保育所から子供2人を連れてアパートの2階に上がる所だった。
「仕事帰りですか?」私は尋ねた。驚く彼女に「先輩がこの一階に住んでいるんで、訪ねてきたんです」と言い訳をした。子供はお母さんの知り合いとわかると「こんにちは」と、はもりながら天使の笑顔を見せる。
一階の先輩は、同じく一階の労務者の部屋に入ろうとしている所だった。用件は伝わっているらしくすんなり部屋に入る。中はかなり整頓されている。労務者は仕事場で知り合い、部屋を折半して借りているらしい。話の流れから、単に可愛い彼女を真面目に口説き落とそうと「ちょっかい」に見える口のききかたをしただけのようだ。それでも私は2人に注意する。
「(彼女はいま一生懸命生活を立て直している最中なのだから)乱暴な口のききかたをする貴方たちの相手をするのは不安なんです」
「乱暴な」というワードに、かなりショックを受けているようだった。2人は了承した。
そこで夢が覚めた。
そして呟いた。「馬鹿らしい」
何の資格があって、私はあんなことが言えたのか?私の方がよっぽどいやらしいではないか?
この夢を書き記している間、「はもる」という言葉がどうも気になって調べてみた。ちゃんと辞書にあった。
ハモ・る
〘自ラ五(四)〙 (ハモは「ハーモニー」の略) 二つ以上の声部の声、または音が、ひびき合う。ハーモニーを生じる。
出典 精選版 日本国語大辞典
※「新明解国語辞典第五版」には不記載。
実はスマホ辞書では「ハモ・る」はカタカナにも漢字にも変換されなかった。日本語になっていないのか疑問に思ったのである。スマホが認識していなかっただけで、立派な「日本語」になっていたようだ。辞書はやはり素晴らしい。ちょっとした言葉の疑問が直ぐに氷解する。「ハモる」は、いまや音楽家のみが使う言葉ではなくなっているのである。それに見合う語釈がちゃんとされていた。
え?何の話をしているのか?だって。
そうだった!
「舟を編む」と私の夢とどう関係あるのか、説明するべきだった。
主人公馬締(まじめ)は、同じアパートに住む香具矢(かぐや)さんに恋をしている。その状況が、私に往年の名作「めぞん一刻」を思い出せ、アパートの管理人で美貌の未亡人たる女性に恋する男たちの顛末を夢の中で再現してしまったということらしい。つまり、この夢の中、2人の労務者どころか、先輩も私も、2階の子供連れの女性に恋をしていたということだ。「舟を編む」の第二章の終わりで、馬締の恋は成就する。しかしあまりにも不器用な成就であった。
馬締よ、お前の恋は羨ましいぞ!
その気持ちが、こんな変な夢に変化したということらしい。
いったい私は何を読まされているのだろう?
そう思った貴方、
正常な感覚をお持ちです。
本来本書は『大渡海』という新しい大辞書を編纂する編集部員たちの15年に及ぶ泣き笑いの奮戦記である。もちろん汲めども尽きぬ言葉を巡るアレコレの魅力が、この小説に詰まっている。
一方で、これは不器用な男女の恋の物語である。この書評は、それを強調せんがために書かれたものなのであった。
(せっかく遊園地の観覧車までたどり着いた2人が)
「俺、遊園地の乗り物の中で、観覧車が1番好きです」
少し寂しいけど、静かに持続するエネルギーを秘めた遊具だから。
「私も」
馬締と香具矢は、共犯者のように微笑みあった。(92p)
それだけで終わってしまうデートは、多分私的にはツボだったのだろう。
同僚の西岡の恋の顛末も共感できるものだった。
言葉にならない、その共感が、夢の形で現れたことに、私自身全く驚いたのである。
だから言葉にした。
「馬締が言うには、記憶とは言葉なのだそうです」(267p)
夢の顛末と感想と。
恋が上手くいった秘訣は、やはりあの毛筆のラブレターに違いない。「漢文は読めない」と言っていたから、江戸時代の候文なのだろうかと想像していたら、文庫本巻末に「馬締の恋文 全文公開(西岡・岸辺解説付)」がありました。ナイス!三浦しをんさん。一読、うーむ、やはり我が教養でもわかりにくいけど、気持ちは伝わるな。参考にしよう(←いつ?誰に?)。
よし。本屋大賞一位で、読むべき文庫本は「流浪の月」のみになった。春の「52ヘルツのクジラたち」文庫化までに読み遂げるぞ。
- 感想投稿日 : 2023年1月11日
- 読了日 : 2023年1月11日
- 本棚登録日 : 2023年1月11日
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