夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫 も 19-2)

著者 :
  • 角川グループパブリッシング (2008年12月25日発売)
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本棚登録 : 55231
感想 : 4989
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タイトルを見れば、おそらく本が好きな方なんだろうなというのが分かるし、各章のタイトルも、有名なあれや、ネットで調べないと分からない大正時代のものまでと多種多様であり、それは、第二章の古本への愛情をこれでもかと感じさせる物語からも推察される。

物語は、大学生の先輩(路傍の石ころ)と後輩(ひよこ豆)による、ファンタジー要素の入った、甘酸っぱい恋愛を軸としながらも、それを周りの個性的なキャラクター達が、勝手気儘、かつ、変幻自在に織り成していく、まさにご都合主義的展開であり、よくある話といえばそうなのだが、私にとっては、とてもノスタルジーを刺激されて、懐かしさと哀しみを思い起こさせる作品に感じられた。

それは、第三章の学園祭に見られるような、今までも漠然とした思い(何か楽しいんだけど、泣かせる空気もあるというか)は抱いていたのだが、本書に於いて、それが雲散霧消した気がしており、例えば、

『学園祭とは青春の押し売り、叩き売り、いわば青春闇市なり!』

という文章を読み、ああ、本当だと実感させられ、要するに、自己満足を押し付けられているはずなのに、それに対して、何故か私は楽しさや下らなさ、チープなのにそこから漂う、一点ものの愛情みたいなものまで感じてしまう。これは、いったい何なのだろうか?

それは、私自身、本書を読むことで、ここ最近の人生の過ごし方において、とにかく効率的にやりたい事を、どんどん無駄なくやっていく事に、あまりに邁進し過ぎていたのかということを実感させられたように、学園祭で感じた青春時代特有の(私の場合は大学行ってないので、中学や高校の)、あの暇すぎるくらいに溢れかえっていた無駄な時間を、無駄な事に思いっきり費やしていたことに、何の躊躇いも無かった無自覚な充実感であり、しかも、当人にとっては無駄だなどと思っていないのであって、仮に、それが無駄なんだとしても、それは無駄では無い、無駄なのである。これが今の私にとっては、目から鱗であった。

『訪れた人々が目にするものはあり余る暇と不毛な情熱そのもの、傍から見れば面白くもなんともないもの、すなわちあの唾棄すべき『青春』そのものにほかならない』

なんて書いていても、おそらく当人は唾棄すべきだなんて、内心は絶対に思っていないと、私は確信出来る。何故なら不毛な情熱にだって、ひたむきな情熱があるからであり、不毛かどうか判断するのは、この場合、訪れた人々だからである。

人間の嗜好は様々である事を、真に実感させるべく本書に登場する、愛すべき馬鹿野郎共の下らなくも心に残る出来事は、そんな無駄に溢れた、その場限りの、決して二度と振り返ることのない猪突猛進であって、それがどんなに愚直に思われても、当人達は心から楽しそうだし、それを読んでいた私も同感で、笑いながら幸せを感じる。それも人生の喜びなんだと。

しかし、これは今同じ事をしても、おそらく、当時と全く同じ事にはならないということも、私には痛いほど感じ入るものがあって、それは、その時だけの私の身体や心にしか、感じ取れないものもあることを知っているからであり、改めて、過ぎ去った想い出達の中に於いて、一度きりの青春の、かけがえのない瞬間的ときめきに、今更ながら愛おしさが込み上げてきて、もっと青春を謳歌していればよかったなんて、今更どうすることも出来ない、まさしく無駄な悔恨を逡巡させる次第なのである。


森見登美彦さんの作品は実は初読みでして、本書を読みたかった理由は、Macomi55さんが何かのコメントで書かれていた内容に心惹かれるものがあった、といった漠然とした思いを、ずっと抱いていたことと、京都へ行きたい思いを持ち続けていたい、私の強い意志があったからです。

本書は、ファンタジー要素の中にも、現実に存在する京都の名所を織り込む事で、何か幻想的楽園の印象も、京都ならばあり得るのではないかと、そんな馬鹿馬鹿しくも素敵な夢を、思わず描いてしまい、喫茶店『進々堂』、先斗町界隈、下鴨神社には、行ったとき立ち寄りたいし、『偽電気ブラン』は絶対に飲もうと、心に決めました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年4月8日
読了日 : 2023年4月8日
本棚登録日 : 2023年4月8日

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コメント 5件

Macomi55さんのコメント
2023/04/08

たださん
読まれたのですね(^^)。
すごい画数の多い漢字や難しい言葉が沢山出てきて、夢か妄想か分からない場面がコロコロ変わるので、お酒も飲んでないのにこっちまで酩酊した気分になる小説でした。
「無駄ではない無駄」の素晴らしさですね。
私自身は京都生まれ京都育ち、大学まで京都でしたが、青春謳歌してなくて、この小説を読んで悔しさばかり感じました(はあ)。もったいないですね。でもどの時代が“青春”というかは人によってちがうと母に昔言われました。だから、振り返ったときに、“今”も良かったと思えるよう、無駄なこともこれからも一生懸命やるといいですね。
先斗町の飲み屋さんなんて私は全然行ったことないのですが、喫茶『進々堂』なら分かりますよ。(二、三回しか行ってないですが)京都に来られたらご案内しますね、

たださんのコメント
2023/04/08

まこみさん
コメントありがとうございます(^^)

はい、何のコメントかは覚えていないのですが(ごめんなさい^^;)、確かお互いに地元の名所をお勧めし合ってた時でしたっけ?
しかし、今も忘れていないのだから、おそらく素敵な事が書かれていたのだろうと思います。

まこみさんも、そのような思いを抱いていたのですね。
でも、どの時代が“青春”というかは人によってちがう、確かにそうですね。大人になってからの青春は、当時とは違うものだとしても、それはそれで、きっとかけがえのない、想い出深いものになるのでしょうね。
何だか、今からでも青春したくなりました。そうです、一生懸命に無駄なことをして、笑っていたいです(*^_^*)

先斗町、画像検索で見てみたら、いい雰囲気ですね。でも、ちょっとお高いのでしょうか。
物語で彼女が飲んでいた、偽電気ブラン、とても美味しそうで、たまらないものがありまして、思わず、家にあるビール飲んじゃいました。
まあ、そもそも種類が全く異なるから、あくまで気分的なということで(^^;)

『進々堂』本当にあるんだと、びっくりしまして、これに限らず、様々な京都の名所が、物語を彩る形での登場の仕方に、森見さんの京都愛を感じました(下鴨神社の参道の左手の馬場には胸に迫るものが)。
進々堂、1913年誕生だそうですね。これまた画像検索で見たら、居心地良さそうで、ここで読書してみたい・・
また、本物のパンへのあくなき探求など、由緒ある拘りも味わってみたいですし、それから、何といっても珈琲・・妄想ばかりですみません。

今月は賃貸戸建ての更新手続きがあったことを忘れていて、思わぬ出費がありそうので、行くのは、もう少し先になりそうですが・・・
私、単純だから本気にしちゃいますよ。でも、地理(地図?)に疎い部分もあるので、是非ご案内して下さると助かりますし、正直なところ、まこみさんにお会いしたい気持ちがありまして・・ほんの数分でも嬉しいので、その時はよろしくお願いいたします(^^)

Macomi55さんのコメント
2023/04/08

たださん
賃貸戸建ての手続き!急に現実的な話ですね!
4月ですものね。鴨川の河川敷はきっと学生の新歓で賑わってますよ。(これも私には縁なかったですがね( ; ; ))
お会い出来たら、ほんの数分と言わずに、下鴨神社も鴨川もお連れしますよ。

たださんのコメント
2023/04/09

まこみさん
夢から覚ましてしまったようで、失礼いたしました(^^;)
今の賃貸に住み始めて、6月でちょうど2年になるのですが、すっかり油断しておりました。
京都は、新歓と鴨川が一体化しているようで、自然と人とが調和している感じがいいですね。
はい、嬉しいです。ありがとうございます。今からとても楽しみです(*^_^*)

Macomi55さんのコメント
2023/05/09

よろしくです(^-^)/

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