それをお金で買いますか (ハヤカワ文庫 NF 419)

  • 早川書房 (2014年11月7日発売)
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近年、市場主義経済が生活の色々な場面に浸透し、かつてはお金で買えなかったものが、どんどんお金で買えるものになっていっている。行列の割り込み(ファストパス)から、空港の手荷物検査の割り込み、結婚式のスピーチ、他人の生命保険※、妊娠の代行(代理母)まで、現代アメリカは生活がすみずみまで売り買いできんばかり。

※バイアティカルのこと。高齢者や末期患者から生命保険を買い取って保険金を払う代わりに、死亡時に死亡保険金を受け取るビジネス。対象者が早く死ぬほど儲かる。

経済学者は、このような市場主義経済の浸透は、我々の道徳心※には影響を与えないと考えている。あるいは、影響を与えるかについてそもそも関心がない。

※本書の言葉では共通善。少し意味がズレるが、日常的な平易な日本語に言い換えれば道徳心かなと。個々人それぞれの心ではなく、我々に共通し、我々を結ぶ道徳的価値観という意味合いが強いが。
 
しかし、これほど多くのものをお金で売り買いすることが本当に我々の道徳心を損ねていないのかを、いい加減真剣に検討すべき段階に来ているのではないのか?
すごく平たく言うとそのような問題提起をしている本。

たとえば、現代アメリカでは、実現こそしていないものの、養子に出る子供を育ての親に割り当てる方法として、市場を導入するーーつまり子供に値段をつけて売ることを唱える論者がいるそうだ。
最も多くのお金を払える者が、子供を最も高く「評価」しているのだから、子供を受け入れるべきだ。それが、最も「効率的に」「子供という善※」を「分配」できることになるのだという。

※原文はgoodだろうが、日本語的には「財」とでも言った方がイメージしやすいような

市場経済でこのような取引が行われたとしても、経済学者は、それは人々の道徳心には何も影響を与えないという。

本当にそうか?養子を市場で売り買いすることは、「よりカネのあるカップルが親になる資格がある」いう価値観や、「子供の価値は数値化できて優劣がある」という価値観を暗に下敷きにしているし、そういう価値観を後押しするではないか。なにかを市場経済で取引することは、道徳的な価値観と無関係でいられないではないか。
筆者が指摘しているのはそういうことだろう。

親としての資質は資金力では測れない。子供の命の価値も測れない。我々はそういう価値観を持っているはずだ。養子の市場が暗に示す価値観は、我々の持つ価値観とぶつかる。だからこのような提案には抵抗感を覚えるわけだ。

上記のような現代アメリカにおける具体例を待つまでもなく、我々は、お金で売り買いしてはならないものがあると、道徳心で直感しているだろう。
たとえば、人の命。
これは本の中で出てきた例ではなく、私が考えたものだが、外れてはいないはずだ。
誰かを殺してみたいと思っているAさんと、死にたいと願うBさんがいたとする。AさんがBさんにお金を払って同意のもと殺人をさせてもらったとしたらどうだろう。
我々の道徳心が抵抗感を覚えるのはなぜだろう。Bさんは普通の状態でそんな取引に応じるわけはなく、精神疾患を抱えていたり、家族の経済的困窮から仕方なくこの取引に応じたはずで、これは公正な取引ではないという理由からだろうか。(公正の論理)
しかし、では、AさんとBさんが完全な自由意志によって取引が成立したのであれば、これを容認してもいいのだろうか?

筆者はこれを容認しないだろう。
公正な取引かどうかが問題である以上に、この取引が前提にし、後押しする、道徳的な価値観を問わなければならない。
それは、「殺人を犯したいという欲望は是認されてもいい」という価値観であり、「命は尊い」という我々の道徳心を腐らせる。(腐敗の論理)それこそが問題なのだ。


◾️感想
この「腐敗の論理」を提示したところがよくある議論と一線を画していて面白い。
なにもかもに値段がつけられる風潮に抗うために、カネではない別の適切な方法で価値を測るべきものがあるんじゃないか、とサンデルさんは言っていると思うのだけど、
私はそもそも価値を測ることが「できない」と認定すべきなんじゃないかと思う。認定すべきというか、そう思っている。親としての資質とか、子供とか、人の命とか。測れるはずだというのが幻想だと思う。測れない、と認めることによって、いろんな指標で優劣を比較されることから、守るべきだと思う。


読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年9月9日
読了日 : 2023年9月9日
本棚登録日 : 2023年9月9日

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