食べものにまつわる記憶を描く、武田百合子のエッセイ集。
この著者の書いたものを読むのは「犬が星見たーロシア旅行」[ https://booklog.jp/item/1/4122008948 ]に続いて2冊目。
この著者の文体は不思議に魅力がある。筋のあるような無いような、本当に見えたものを思いつくまま書いたように見えるのに、リズムが良くてするっと読める。読後にはうっすら哀愁やユーモアが漂い、時に寒々しい気持ちになるけれど、それが文章のどこに由来しているのか、なかなか見極められない粋な文。艶消しなことを言うと国語の現代文読解の良い教材に使われそうでもある。
「夏の終り」が面白かった。デパートのオムレツ屋で食べたオムレツが不味かった話。筋を述べればそれだけだが、店内の様子、周囲の客の態度、運ばれてきたオムレツの描写と進むにつれ、期待がだんだん違和感と失望に変わっていく様子がよく分かる。それが意地悪くなく、なんとも可笑しみのある描き方である。「やっぱり三口目くらいから元気のない顔になる。(p106)」が秀逸。
あとがきによれば、本書のエッセイは1981-1984年にかけて執筆されたもの。1925年生まれである著者の子供時代のエピソードもあり、それぞれの時代風俗を垣間見る感じもある。たとえば「上野の桜」で描かれる花見の喧騒。
「この匂い、-ゆで玉子に日本酒におでんに海苔に夏みかん。まだある、-靴と靴下の匂いに頭の匂い。(p136)」「桜の根元に脱いだ踵のつぶれた黒靴、ハイヒール、運動靴。植込みのつつじの上にひろげた、背広の上衣やネクタイ。植込みの縁石に投げ棄ててある、歯型のついた紅白蒲鉾や筍やカボチャ。一口くいちぎったケンタッキーフライドチキン、折った割箸。植込みに沿って歩いて行けば、ところどころから、はっきりした人糞の匂いが立ち昇ってくる。(p137)」傷病兵、銀色のカラオケ機械、着物で踊る女性の酔客。
- 感想投稿日 : 2024年1月3日
- 読了日 : 2023年12月16日
- 本棚登録日 : 2024年1月3日
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