ピスタチオ

著者 :
  • 筑摩書房 (2010年10月1日発売)
3.52
  • (60)
  • (169)
  • (192)
  • (38)
  • (5)
本棚登録 : 1261
感想 : 224
5

美しい“グリーン“を描いた爽やかな表紙。ハーブのようは清涼飲料水のような梨木香歩さんの文章。
主人公のジャーナリスト“棚“は、若い頃、アフリカにいたことがあり、今は東京で犬のマースと暮らしていた。ある日、マースの子宮に悪性ではないが大きな瘤のようなものが出来ていて、苦しめていることが分かり、手術をするのだが、その病気の犬への“ペットに対する飼い主“目線ではなく、親子でもない、友達でもない“同士“のような目線の愛情が普通の血縁とは違う別の温かい血を分け合った愛情のようで心地よい。
 マースとの散歩の途中で、いつも通る公園。池に何種類かの鳥がいて、“渡り“の季節にある時集団で一つの種類がいなくなっている様子を見守る。なんらかの理由で、仲間たちの“渡り“に同行できなかった、一羽二羽が、他の種類の鳥たちの仲間に入って暮らしている様子を見守る。生き物というものはどういう形であれ、“群れて“生きることが本能であると考えながら。
 ある日、マースの診察を待つ間に、昔アフリカで知り合った人が書いたアフリカの呪術医療についての本を見つけた。その本の中にマースの症状に似た“ダバ“という症状を見つけ興味を持つ。そして、その本の筆者が既に亡くなっていることを知り、筆者の足跡を辿ることも含めて、危険なアフリカ旅行をする。旅の途中で、その筆者(片山海里)だけでなく、そのアシスタント的な人物二人も最近不可解な死に方をしていたことを知る。
 呪術医に関わるということは、自分の身に危険を及ぼすことでもある。危険を感じながらも棚はアフリカの深淵を旅していく。
 人間も動物も逞しいアフリカ。感情表現がむき出しのアフリカ。旱魃か洪水かという極端な気候のアフリカ。そして、呪術などという怪しいものに未だに医術を頼るアフリカ。
 棚は、片山海里の足跡を辿る途中で、ナカトという女性に合い、彼女は子供の頃にゲリラに連れ去られてしまった双子の姉を探していて、片山海里の呪術医としての最初のクライアントだったと話す。そして、海里が亡くなる前、ナカトに「“みどり“という女性がババイレ(双子の姉)を見つけてくれる」と言っていたことを棚に打ち明けた。棚の本名は(翠)。不思議な運命に恐ろしさを感じながらも、受け入れるしか無い棚。そして、棚はナカトとババイレを再会させた。ババイレは人間ではなく、“木“となっていたが。
自然の深淵には自然の感情が渦巻いていて恐ろしい。いや、恐ろしいだけか?誰かが死んだら悲しいのは都会の文明社会でも、より自然が剥き出しのアフリカのような所でも同じなのだ。そんな時、都会の文明社会では死者を厳かにあの世に送り出した後、残ったものはなるべく早く前を向いて、歩き始める努力をするように思う。棚の訪れたアフリカの奥地はちがう。生きているものの魂、死んでいるものの魂、木の魂、鳥の魂…がそれらすべてを守る水や空で繋がり…。
棚の「生まれ変わったら木になりたい」という子供のころの希望は、なんてナチュラルで謙虚なのだろうと思った。この本を読んで、「努力すれば不可能なことはない」とか、そういう「成功者」の座右の銘みたいなことばが、自然という“神“に対する身の程知らずなことばだと感じた。
棚が日本に帰国してから書いた物語の中の“ピスタチオ“は“鳥検番“として慎ましやかにその命を全うした。
「ピスタチオ、お前が,この世でしたことは、人がこの世で出来ることで、一番ましなことだったよ。お前の命は正しく巡っていく」木になったピスタチオを撫でながら、母親は優しく言った。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年3月27日
読了日 : 2023年3月27日
本棚登録日 : 2023年3月27日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする