未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

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  • 新潮社 (2012年5月25日発売)
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数年前から全体主義について、ボチボチ読んでいるところ。きっかけは、トランプ大統領の就任とか、移民問題とか、ヨーロッパでのポピュリズム的な動きとか。

まずは、全体主義が一番徹底していたと思われるナティスドイツを学んで、その後、共産主義国を経由して、日本にたどり着く予定だったのだが、ナティズムを読むなかで、アーレントにハマって、アーレントの翻訳書をかたっぱしから読んだり、ホロコースト関係の本はヘビーなので時間がかかったりして、日本にはたどり着かない状況。

でも、コロナ後の世界で、もう一度、全体主義を学ばなきゃという意識が高まり、また日本のオリンピックやコロナ対応を通じて、あらためて性差別、人種差別、ジェンダー意識、人権軽視、そして優生思想などなどのディスコースが明らかになり、まだまだナティズムもよくわからないなかではあるが、日本型の全体主義も読んでいこうと思って、手にとってみた。

日本のファシズムに関する本で最初に読むにはちょっとニッチかなと思いつつ、帯の「日本人はなぜ天皇陛下万歳で死ねたのか」という言葉にひかれて読んでみた。

多分、これまでの解釈だと、「日露戦争くらいまでは日本は欧米諸国にまけないように、植民地化されないように、謙虚にがんばっていた。だが、日露戦争に勝って一安心して、慢心してしまった。また、乃木大将の旅順攻略における精神主義的な(?)戦術で結果として勝利したことが、その後の精神主義的な傾向を強めることになった」みたいなものかと思うけど、この本は、そこに異論を唱える。

日本軍、しかも(精神主義が強いと思われる)陸軍は、日露戦争を通じて、物量の重要性をちゃんと教訓として学んでおり、それを活かして第一次大戦時の青島攻略では、当時の欧米諸国より進んだ新しい形の戦争を実行していたのだ。

さらには、第一次大戦時には、ヨーロッパの国に多くの優秀な人材を派遣しており、そこで、新しい形の戦争をじっくりと学んでいた。そして、彼らが学んだのは、これからの時代の戦争は、総力戦であること。平時の経済力、生産力が、戦時に、戦争にむけての生産力に転換されるということ。ゆえに、経済力を高めること、そして、それを戦時に集結できる仕組みが、これからの戦争の勝敗を決めるということを身に染みて学習していたのだ。

にもかかわらず、どうして、陸軍は精神主義になってしまったのか?

著者は、経済的な国力の差が重要だと分かれば、分かるほど、日本は戦争できない「持たざる国」であるということが身に染みて、ある種の絶望に陥った、と主張する。

そこで、あるものは、自分より弱い国を相手にした戦争しかしないとか、強い国との場合は限定的な戦争にして短期決戦に持ち込むしかないと考えた。また、あるものは、近隣の資源が豊かな地域(=満洲)を占有し、数十年かけて経済力が高めるまでは戦争はしないようにすると考えた。

が、いずれも「戦争はしない」とか、「戦争をすると負ける」とは、軍事上、言えないので、「精神主義的なディスコース」をとりあえず、公式には語っていたという。

しかしながら、軍は、政府ではないので、経済政策を担当するわけではないし、戦争をするとか、しないとかを決定することもできない。「戦争しろ」と命ぜられたら、戦争するしかない。また、自分はしたくなくても、敵が攻めてくることもある。

ということで、当初は「外向けの建前としてのディスコース」だったものが、支配的なディスコースになって、玉砕賛美、天皇陛下の神格化を哲学的?に基礎付ける方向での理論化が進んだというのだ。

なんと。。。。。

この本は、陸軍における「戦争思想」とでもいうものの変遷をまとめたもので、陸軍以外の軍や政府、国民などの意識の変化のなかで考える必要はあるのだが、これはこれまでにない新しい視点で、長年のなぞの一部が解けた気がした。

現実を明確に理解したがゆえに生じる精神主義。これはかなり痛い視点だな〜。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2021年8月18日
読了日 : 2021年8月18日
本棚登録日 : 2021年8月18日

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