あなたは、誰かの大切な人 (講談社文庫)

著者 :
  • 講談社 (2017年5月16日発売)
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本棚登録 : 8423
感想 : 502
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原田マハさんは『リボルバー』でずっと気にはなっていたが、美術の知識がないと楽しめないかなという先入観が邪魔しており、なかなか手を伸ばせずにいた。ひとまず作品一覧でざっとあらすじを確認し、ハードルの低そうなこちらの短編からチャレンジしてみようと思い、いざ読んでみたら、美術の知識なんて無くても全然楽しめる内容で、むしろ個人的に好きな作風だった。
以下、あらすじと感想をレビューします。
※ネタバレ注意

・最後の伝言 Save the Last Dance for Me
自分の容姿に自信がなかった母と、ハンサムでモテモテだった父の、夫婦愛の物語。
離婚の危機に陥った際に父から母に伝えた「おれ、昔っからコーちゃんが好きだった。トッコと結婚したのも、お前がよく似てたからなんだよ、コーちゃんに。でもいまは、トッコの方がいいな。コーちゃんよりも、ずっと」の言葉、容姿に自信がなかった母にとっては、本当に本当に、嬉しかっただろう。
そして、母から父へ、コーちゃん(越路吹雪)の曲の歌詞にのせて送った最後の愛のメッセージ"ここにいることだけ忘れないで"。自信のない控えめさと、愛の深さが同居していて、母らしい最期の伝言だった。
原田ハマさん初めて読む本作の第一章。早くも心打たれた。

・月夜のアボカド A Gift from Ester's Kitchen
メキシコ料理が繋ぐ、国と世代を超えた3人の女性の友情の物語。
アマンダとエスターの開放的で温かい人柄がこちらまで伝わってくる。
エスターが作るメキシカンに食欲をそそられた。

・無用の人
寡黙で地味だった亡き父から娘に贈られた最後の誕生日プレゼント。
まさか、満開の桜が綺麗に見える一室とは…!
「美」の真理を追究していた父と、同じ道を進んだ娘。たとえ長年離れて暮らしていても、言葉を交わさなくても、「美」という共通の世界観を通して、娘の気持ちを読みとる父からの深い愛が伝わってきた。


・緑陰のマナ Manna in the Green Shadow
トルコの紀行文執筆の為に二度目のイスタンブールを訪問した主人公が、イスラムの文化に触れ、同行してくれたエミネさんと互いのマナを共有する。
ムスリムに対するイメージが歪みであったことに気づいたというところは、読んでいてハッとさせられた。
『月夜のアボカド』に続き、こちらはイスラムの食文化が物語の軸となる。 
エミネさんが作ったシガラボレイに対する父からの「マナ」(さあ、行きなさい。お前が行くべきところへ。そこで、こつこつと暮らし、するべき仕事をしなさい。そうすれば、どこかで、誰かが、きっと見ていてくれるはずだから――。)の答えには温かい気持ちにさせられた。私にとってのマナは何だろう?と考えたら帰省したくなった。

・波打ち際のふたり A Day on the Spring Beach
仕事をバリバリこなしてきたナガラ(長良妙子)とハグ(波口喜美)の「女ふたり旅」の物語。
関西弁のキャッチボールが読んでいて心地良い。互いのプライベートには踏み込みすぎず、けれど、たまに共に旅に出て近況を報告し合える二人の関係性が素敵。
一方で、40代独り身の二人が抱える悩みはリアルだ。"そのとき、私の目の前にいたのは、母ではなかった。私自身だった。…。私だって、いずれ、ひとりになる。"この、唐突に沸き起こる寂しさと不安はとてもよくわかる。今30手前の私だが、歳を重ねるごとにこの感情は強まっていくものなのだろうか…不安でたまらない。
さらに、親の介護も切実な問題。ここではハグは母と一緒に生活することを選択するが、認知症の介護は生優しいものではないはず。残された母と娘の時間が限られていて、大事にしなければと思う気持ちと、自分の人生に捧げたいと思う気持ちを天秤にかけて葛藤する気持ちが痛いほど突き刺さる。
だからこそ、こうして歳を重ねても共に旅に出て、痛みや悩みを分かち合える交友関係、とても憧れる。ひとりだけど、ひとりじゃないと思える友達の存在はとても大きいんだなと思った。

・皿の上の孤独 Barragan's Solitude
咲子は、緑内障で視力が失われつつあるビジネスパートナーの青柳に代わり、ルイス・バラガン邸を訪問する。
青柳との再会場面の回想と、バラガン邸訪問が交互に織り交ぜられる描写が目の前に浮かんでくる。
"人は、孤独になれる空間を必要としている"
というバラガンの言葉と、お皿の上に刻まれた"Soledad"(孤独)の文字。自分の好きなものだけを選び、家に置いたということは、バラガンは心の底から孤独を愛したのかもしれない。
一人の時間が大切であることは共感できるが、"孤独"というと、寂しさ、悲しさ、冷たさが先に連想され、響きとしてもマイナスなイメージが強く、今の私には忌避感の強いワードだ。だからこそ、この言葉に惹きつけられたバラガンは人として気になるし、彼の作品に興味も湧いてきた。
もともと、美術についての知識も乏しく、美術館や博物館に行っても、いまいち世界観に浸ることができないでいたが、この作品では、小説の中にも関わらず、建築物をイメージしたり、芸術家の気持ちを想像してみたりということが、なぜだかすんなりと実践できた。小説から美術へ興味を広げるというルートもあるんだなと気づくことができてとても嬉しい。

原田さんの作品は舞台が、日本、メキシコ、トルコとスケールが大きいうえに、その国の食、美術、宗教まで様々なジャンルの文化を網羅しており、情景描写もわかりやすく、登場人物が見ている景色や食べているものの絵が頭の中で想像しやすい作品だった。多様な文化とヒューマニティーがかけ合わさった作品で読み応えあり。気になった方はぜひ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(ヒューマン)
感想投稿日 : 2023年12月8日
読了日 : 2023年12月9日
本棚登録日 : 2023年11月18日

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