18編の短編集。
小谷野さんの本による疲労から(笑)救い出してくれた本だ。
同じ著者の「みちづれ」のレビューにも書いたが、中学生向けの朗読作品を探していて巡り合った作品。
手元に置いて、つれづれの癒しアイテムとしてお世話になっている。
今年の初め、「みちづれ」の中の一篇である「とんかつ」を中学生に朗読した。
すると身じろぎもせずに聞いていた生徒が「ふなうた」にも良い作品がありますよと教えてくれた。どの作品がお薦めだったのか、その後コロナ禍でお話会も休みになったまま卒業したため、もう尋ねることも出来ない。
まして粒よりの短編集。
どれかひとつを選ぶのは難易度が高すぎる。
世間は芥川と直木でわいているだろうが、著者は芥川賞の選考委員のひとりだった。
この本の最後に載っている「みのむし」は、95年の川端康成文学賞受賞作品。
わずか10ページ半の掌編だが、思わずうなるほどの名作だ。
語り過ぎず、省略もせず、一切の無駄がない。
文中から鮮やかにたちあがるイメージ。
そうか、みのむしってそういうことかと分かるとき、微かな震えが来るほどだ。
小さな日常の風景を切り取った作品群で、大事件は何一つ起こらない。でも胸の底をえぐられるような話も多い。
悲しみ、悔恨、小さな気づき、巡る運、羞恥、ほのかな恋。
刺激的な作品を求める読者だったら、すうっと通り過ぎてしまうだろう。
これ以上の短編の書き手は、もう現れないかもしれないのに。
よく見て、よく聞いて、よく考えよい言葉を紡ぐ。
著者もまた、「言葉をこうして」残してくれた。
調べていたら、何とも悲惨な家族の話に出会った。
6人兄弟のうち4人が、自死または失踪している。
残るふたりのうちのひとりが、三浦哲郎さんだ。
きめ細かく練られた美しい文章は、亡くなった家族への追悼だったのか。
「たきび」「さくらがい」「ひばしら」「ぜにまくら」「みのむし」が殊に良い。
来月が没後10周年だという。
作品を読んだ感想とお礼を手紙にしたためたい気分だが、宛先さえ分からない。
「気づいたときは失われたとき」で、それは作家さんにも当てはまるのだろう。
- 感想投稿日 : 2020年7月15日
- 読了日 : 2020年7月15日
- 本棚登録日 : 2020年7月15日
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