ふなうた (新潮文庫 み 6-15 短篇集モザイク 2)

著者 :
  • 新潮社 (1998年12月1日発売)
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本棚登録 : 85
感想 : 16
4

18編の短編集。
小谷野さんの本による疲労から(笑)救い出してくれた本だ。
同じ著者の「みちづれ」のレビューにも書いたが、中学生向けの朗読作品を探していて巡り合った作品。
手元に置いて、つれづれの癒しアイテムとしてお世話になっている。

今年の初め、「みちづれ」の中の一篇である「とんかつ」を中学生に朗読した。
すると身じろぎもせずに聞いていた生徒が「ふなうた」にも良い作品がありますよと教えてくれた。どの作品がお薦めだったのか、その後コロナ禍でお話会も休みになったまま卒業したため、もう尋ねることも出来ない。
まして粒よりの短編集。
どれかひとつを選ぶのは難易度が高すぎる。

世間は芥川と直木でわいているだろうが、著者は芥川賞の選考委員のひとりだった。
この本の最後に載っている「みのむし」は、95年の川端康成文学賞受賞作品。
わずか10ページ半の掌編だが、思わずうなるほどの名作だ。
語り過ぎず、省略もせず、一切の無駄がない。
文中から鮮やかにたちあがるイメージ。
そうか、みのむしってそういうことかと分かるとき、微かな震えが来るほどだ。

小さな日常の風景を切り取った作品群で、大事件は何一つ起こらない。でも胸の底をえぐられるような話も多い。
悲しみ、悔恨、小さな気づき、巡る運、羞恥、ほのかな恋。
刺激的な作品を求める読者だったら、すうっと通り過ぎてしまうだろう。
これ以上の短編の書き手は、もう現れないかもしれないのに。

よく見て、よく聞いて、よく考えよい言葉を紡ぐ。
著者もまた、「言葉をこうして」残してくれた。
調べていたら、何とも悲惨な家族の話に出会った。
6人兄弟のうち4人が、自死または失踪している。
残るふたりのうちのひとりが、三浦哲郎さんだ。
きめ細かく練られた美しい文章は、亡くなった家族への追悼だったのか。
「たきび」「さくらがい」「ひばしら」「ぜにまくら」「みのむし」が殊に良い。
来月が没後10周年だという。
作品を読んだ感想とお礼を手紙にしたためたい気分だが、宛先さえ分からない。
「気づいたときは失われたとき」で、それは作家さんにも当てはまるのだろう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2020年7月15日
読了日 : 2020年7月15日
本棚登録日 : 2020年7月15日

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コメント 4件

夜型さんのコメント
2020/07/16

おはようございます。
リストに入れていたか忘れましたが、
牧野智和 自己啓発の時代: 「自己」の文化社会学的探究 、 日常に侵入する自己啓発: 生き方・手帳術・片づけ
この2冊は、本にまつわる本に該当します。
自己啓発とその書籍を分析した本です。
いかがでしょうか。

nejidonさんのコメント
2020/07/16

夜型さん、おはようございます(^^♪
教えていただいたその本は、リストには入っていませんでした。
でも、たった今入れましたよ・笑
牧野さんの本で検索すると最初に登場する2冊ですね。楽しみです!
たどり着けるように読み進めてみます。
この頃は、レビューした本から登録してくださる方が増えました。
読みたいと思ってもらえるまでに多少なりともステップアップしたようで、秘かに喜んでおります(*^-^*)
コロナ禍の解決の兆しも見えず不穏な空気ですが、なんとか頑張りましょうね。

淳水堂さんのコメント
2020/07/27

nejidonさんこんばんは。
すみません、こちらのnejidonさんのレビュー見逃しておりました。同じタイミングですね(^^)

ふなうた、たきび、ぜにまくら、いい話ですよね。
そして、でんせつ、メダカ、みのむし、あたりが喉に引っかかった小骨のように、忘れることができないでいます。

三浦哲郎さんの兄弟の話は知りませんでした。「ユタ」の座敷童子も家族を思って書いたのかな。

nejidonさんのコメント
2020/07/27

ふふ、淳水堂さん、またまたニアミスです・笑
最近知ったのですが「鈴木るりかさん」が一番好きな作品は「みのむし」だそうです。
恐ろしい中学生がいたものです。

タイムラインが時間帯によって激混みで、相互フォローしている方を見落とすこともあります。
私もよくあるのでお気になさらずにね。

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