すべては今日から

著者 :
  • 新潮社 (2012年4月27日発売)
3.84
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本棚登録 : 420
感想 : 68
5

穏やかな児玉さんの肖像写真。本への愛がほどばしるその中身。
2011年に亡くなられた児玉清さんの遺稿集は、単行本未収録のものが大半。
ひとつの章を読み終えるたびに口元が緩み、いつの間にかふふっと笑っている。
「いちばんいい時代に生きて来られた、いちばん幸せな愛書家」という佐伯泰英さんの解説の言葉があるがその通りだと思う。

1.本があるから生きてきた
2.面白本丸かじり
3.忘れえぬ時、忘れえぬ人
4.日本、そして日本人へ
後書きは、ご子息の北川大裕さん。更に解説で佐伯泰英さん。

自伝的なエッセイの合間にこれでもかと出会った作品のことが語られる。
読んで読んで、読みまくる。翻訳ものでは飽き足らず原書も。
そしてネタバレ無し(!!)作品への批判なども、ただの一行もない。
そこには、あふれんばかりの本への愛があるばかりだ。
本好きさんなら思わず頷いてしまうのが、本棚を前にした時の描写。
「僕にとって最高ともいえる幸せなひと時は、書斎で本棚にぎっしりと詰まった本を眺めながら読書をする時だ。そこには僕の心を豊かにしてくれ、癒し、励まし、勇気を、そして沢山の知識と知恵を授けてくれた本が、それぞれ個性のある背表紙を光らせて並んでいる。時には気の向くままに一冊ずつ取り出して、表紙をやさしく撫で、頁をパラパラとめくって裏表紙を確かめる。すると、その本にまつわる想い出もどっと蘇ってくる」

他にも、本が産み出した家族の団欒や、新書が大好きな話、本屋さんの中をぐるぐると巡る高揚感や、海外旅行に時代小説をごっそり持参する話などが心に残る。
大学院行きを決めていたのに、卒業式当日に母親の急病死。
突然就職の道を決めねばならなかった時に、ある縁で東宝ニューフェイスに合格する。
その縁というのがフランス文学の「プリタニキュス」」の舞台だったというのが面白い。
目の前のことに全力投球するお人柄なのだろう。

後半は現代日本への警告が多くなるが、どれもさもありなんで、「年寄りの愚痴」などととても笑えない。自国を離れてあらためて見える、日本人の幼稚さを憂えている。
そして、「本の売れない時代を承認してはいけない」と訴える。
「本の世界の愉しさを幼い時から植えつけて、やがて書店が子どもや若者で溢れかえる日を取り戻さなければいけない。」
本によって生かされてきたと言われる児玉さんだから、この言葉の持つ意味は大きい。

海外の、それもミステリー小説が多いため書名しか知らないものが殆どだ。
それでも、作品と作家さんへの限りない愛に心ふるえるものがある。
およそ本好きを自認する以上はこのようでありたい。
今は残された何冊かの本が、私を癒し、励まし、勇気と知恵を授けてくれる。
命日の5月16日にアップするはずだったのに、つい失念したレビューだ。
今頃は天国でも、ワクワクしながらミステリーを読んでおられるのだろうか。
「いつの世も、すべては今日から新しく始まるのだ」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 本にまつわる本
感想投稿日 : 2020年5月23日
読了日 : 2020年5月22日
本棚登録日 : 2020年5月23日

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