雫滴る車窓から女優たちの顔がアップで映される。あるいは周囲も光も照り返す埃でややくすんだ窓から何かを見つめる女の顔を映す。室内や車内でも、カメラは内側からでなく外側から窓を挟んで女優たちの顔をカットする。視線のその先ではなく、視線そのものを表現しているかのようなショットの連続がこの映画を観終えた後に脳裏に焼き付いて離れない。
本作は女性同士の恋愛を描いたパトシリア・ハイスミスの原作小説を映画化した内容。
だが、勝手な解釈をすると同性愛がどうのこうの恋愛がどうの、といったテーマはこの映画では二の次で(監督が意図したか分からないが)人の「視線」を詩情豊かに描いたものだと思う。生の起点はまなざしにある。視線の先からあらゆるものが生まれる。喜怒哀楽、恋も愛も、希望も絶望も。まなざしとまなざしが交差した瞬間に恋が始まる。相手がどこの誰であれ(たとえそれが同性であったとしても)そんなことはどうでもいい。それだけの話。
映画の出来は申し分なし。丁寧で細かな演出は50年代の美しい調度品と相俟って見惚れる。冒頭。キャロルとテレーズのリッツでの食事から回想へと至り、ラストで冒頭シーンへと戻る構成の妙が効いていて、飽きさせない物語の運びがいい。
スカーフやライターでキャロルとテレーズの生活環境の違いを表現したり、物で人物造形する心配りと細かさも抜群に巧い。喫煙にうるさい時代に煙草を吸うシーンもしっかり描いている。女優たちが綺麗にかっこよく煙草を呑んでくれる様がまたいい。紫煙さえ艶かしい。
テレーズの恋人リチャードとの喧嘩が部屋の壁を挟んで繰り広げられるのは、男女の間に立ち塞がる壁ができたことを暗示しているよう。
あと、暗示でいうとキャロルとテレーズの車旅に使った灰色の自動車。旅路の結末を匂わせるような配色の演出が細かくて心憎い。
特に注目したのがキャロルとテレーズの電話シーン。ここ好きです。2人の女優のアップのショット。画面比でキャロルとテレーズの距離感、関係性の変化から心情描写まで実に見事に表現している。トッド・ヘインズの演出は細部まで行き届いている。
主演のケイト・ブランシェットの演技は安心して観ていられるけど、なんといって本作で光ってるのがルーニーマーラでしょう。前髪が可愛くて見惚れます。これが「ドラゴンタトゥーの女」と同じ女優だとは信じられん。
官能美を全面に押し出すわけでなく観終えた後に静かな余韻を残す詩情に溢れた良い映画だった。
- 感想投稿日 : 2016年9月18日
- 本棚登録日 : 2016年9月18日
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