胡蝶殺し

著者 :
  • 小学館 (2014年6月20日発売)
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本棚登録 : 499
感想 : 101
4

ロードレースシリーズ(『サクリファイス』など)、ビストロシリーズ(『タルト・タタンの夢』など)などの人気シリーズを初めとして、数多くの著作がある近藤史恵。
気にはなっていたのだが、手にしたのは本作が初めてである。

引き出しの多い人なのか、本作の舞台は歌舞伎である。
父親を失った子役・秋司、秋司の後見人を務めることになった若手役者・萩太郎、萩太郎の息子でありやはり子役の俊介。この3人を巡る物語である。
視点は萩太郎にある。
萩太郎は誠実な人物である。出来る限り、兄弟子の遺児である秋司の力になりたいと望む。歌舞伎界では、親の後ろ盾を失った子役の立場は弱い。役をもらうにも稽古をつけてもらうにも、誰かが道筋をつけてくれなければどうにもならない。やはり若い頃に父を失っていた萩太郎はそうした事情もよく知った上で、そして何より秋司が見せる才能に惹かれ、便宜をはかろうとする。
しかし彼には自分の子、俊介がいる。
同い年だが、早生まれなこともあり、どうしても秋司と並べると見劣りがする。だが、息子をえこひいきするようなことは避けたい。
誠実ゆえに心が揺れる。
一方で、夫を失い、いささかヒステリックになっている秋司の母、由香利との間はぎくしゃくしていく。
しっとりと、いささか粘り気を持って、梨園の人間関係が描き出される。

「胡蝶」とは「春興鏡獅子」に出てくる役である。「春興鏡獅子」は獅子の精に魅入られ憑依された美しい小姓弥生を主役とする舞踊劇だ。前半の気品ある女形の舞と後半の勇壮な獅子の舞を同じ役者が演じる人気演目である。「胡蝶」は、前半と後半の間に現れ、獅子が登場すると獅子と戯れる2匹の蝶の精である。子役がやるものとは決まっていないようだが、子どもの方が可憐に見え、観客の受けもよい。
この「春興鏡獅子」が物語の1つの軸となる。

手堅い描写に引き込まれて読み進めていくが、このタイトル、この表紙である。そして「ミステリ」だという。子どものどちらかが犯罪被害者になる話だとすると、吸引力の強い作品だけにつらいな、と途中で思い始めた。
詳しく書くと興を削ぐので、それは杞憂であった、とだけ言っておこう。
芸の厳しさ、生きることのやるせなさを孕みつつ、物語は最後に、ふわりと温かなカタルシスをもたらす。

胡蝶とともに見る、美しい、一幕の夢である。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2014年9月25日
読了日 : 2014年9月25日
本棚登録日 : 2014年9月25日

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