風の谷のナウシカ 全7巻箱入りセット「トルメキア戦役バージョン」

著者 :
  • 徳間書店 (2003年10月31日発売)
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宮崎駿による全7巻のコミックス。月刊アニメージュに1982-1994年に連載され、単行本化された。
スタジオジブリにより映画化もされているが、1984年のことであり、つまりは物語の序盤のみをまとめたものとなっている。単行本の2巻までにあたる部分である。
昨年、新作歌舞伎として上演されており、こちらは7巻までの内容を含めた形となっている。
原作は単行本刊行当時に読んでいたのだが、歌舞伎バージョンをディレイビューイング(中継録画映像)で見たのをきっかけに読み直してみた。

宮崎の画力は感じさせるが、全般に線は荒い。描きたい内容に筆が追い付いていない感じもする。

物語は近(?)未来で、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争で焼き尽くされた後の世界を描く。
大地の大部分は「腐海」と称される菌の森に覆われ、そこには巨大な蟲たちが住む。森が発する「瘴気」は人間には猛毒で、人々はマスクが手放せない。わずかに残された土地にへばりつくように暮らしているが、なお争いは止まず、庶民は悪政に苦しむ。そんなたそがれの時代の物語である。
近未来でありながら、人々の間には古い伝承も語り継がれ、どこか神話的な味わいもあるのも本作の特徴だろう。

辺境の小国にナウシカという少女が住む。彼女は蟲と心を通わせ、翼の形のメーヴェという乗り物で風に乗って飛ぶすべも身につけている。
ナウシカはギリシャの叙事詩『オデュッセイア』に出てくる王女の名ナウシカアから採られている。ナウシカアは遭難した英雄オデュッセウスを助けてやる。そして彼に恋をするのだが、その出自を知り、涙を呑んで故郷へと送り返す。ただ、宮崎がこの王女に魅かれたのはそうした悲恋の部分よりも、彼女が「竪琴と歌を愛し、自然とたわむれることを喜ぶすぐれた感受性の持主」とされていたことによる。これと、『堤中納言物語』の虫愛ずる姫が組み合わされて生まれたのがナウシカである。

世界は終末の予感に満ちている。そもそも腐海が広がり続ければ人類に生き残るすべはない。それなのに大国同士の争いは繰り返され、多くの人々が命を落とす。
「風の谷」も大国トルメキアの召集を受け、否応なしに争いに巻き込まれていく。
ナウシカは病に伏せる父の代わりに戦地に赴く。
トルメキアの第四皇女クシャナは、無能な兄たちとは対照的に、頭もよく兵からの信頼も厚い。非情な采配振りから「白い魔女」とも恐れられる。が、彼女には非情にならざるをえない悲しい過去があった。ナウシカに魅かれ、徐々に心を開くようになる。

ナウシカは蟲の王、王蟲(オウム)と心を通わせるうち、世界の破滅を導く「大海嘯」がやってくることを察知する。争いのただ中で、大海嘯を何とか止めようとするナウシカは、さらに世界の秘密を知ることになる。
彼女は心優しくもあるが、一方で猛々しくもなりうる。登場人物の1人が称するように「破壊と慈悲の混沌」なのである。そのことが終盤の彼女の決断につながっていく。

トルメキアに滅ぼされた小国の王子アスベル、ナウシカの師である剣士ユパ、青いいくつもの目を持つ堂々とした巨大な王蟲、人には慣れないはずがナウシカにはなつくキツネザルのテト、蟲を操って生計を立てるが人々からは忌み嫌われる蟲使いたち、トルメキアと闘う土鬼(ドルク)のマニ族を統べる僧正、人を乗せるトリウマのカイとクイ、失われた国の王家の子孫であるチクク、「火の七日間」を生んだ伝説の兵器・巨神兵と、登場人物も多彩で物語を牽引する。
最後まで読むと勢いにのまれ、一応納得させられてしまう迫力もある。
だが、一方で、どこか釈然としないものも残るのだ。

物語の結論は、おそらく文明批判なのだろう。
人知がすべてをコントロールしようとすることの傲慢さ、すべてが予知できると考えることの不遜さを、おそらくはこの物語は糾弾しようとしているのだろう。
人間にはさまざま欠点があり、前述の点も欠点の1つではあるのだろう。けれどもそれが人間の一番の瑕疵か、そして世界を滅ぼすほどの過ちかというのが私には今一つよくわからない。もしも人がそれほど賢かったならば、本当に世界は焼き尽くされていたのだろうか。
少女・ナウシカが世界を救うほどの力を持つのかという点も納得しきれないものが残る。彼女の判断は、結局のところ、人為性を排して、偶然に賭けるということなのではないか。
一個人の「感性」に依って成り立つ世界は、果たして盤石なものとなりうるのか。

清浄と汚濁。それを人が判断することはあるいは不遜なことなのかもしれない。
全般には、暴力的だが魅力的なディストピア物語といえるようにも思うのだが、この物語を額面通りに受け止めてよいものかどうか、よくわからずにいる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 漫画
感想投稿日 : 2020年3月23日
読了日 : 2020年3月23日
本棚登録日 : 2020年3月23日

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