・「何がですか?」と眞人君が訊ねる。
「何かだよ。大事な石みたいなものだよ。目に見えない、石」
「隕石じゃなくて?」
「それでもいいよ」雁子さんは歯を見せた。「で、私たちが歌をね、このメロディをハーモニーを発すると、あそこの石が、聴いてる相手に落ちてくるのよ」
・「分かんなくてもいいけど、とにかく、わたしたちは、聴いてる人に自分たちの歌を届けようとは思ってないわけ。ましてやメッセージを押しつけようとも思わないし。絵描きの絵とかも一緒じゃない?テーマとか意味とか質問するのに意味はないのよ。かと言って伝えたいことがないわけじゃなくてね。隕石としか言いようがないけど、わたしたちの歌はね、空からでっかい石を導くのよ。聴いてる人の胸にその隕石をぶつけるの」
・「いっそのこと」母が真面目な顔で「『妻と子供は遠い宇宙に置いてきているんだ。僕は、地球に単身赴任で来ているだけだから、そのうち孫に会わせてあげられるよ』とか言ってみたらどうなの」などと提案してくる。
・さて、人間の中には相反する二つのものが存在している。正義と悪であったり、「愛されたい」という思いと、「束縛されたくない」という感情であったり、もしくは、特定の人物に対する尊敬とライバル心であったり、だ。その相反するものが心の中でバランスを取り合い、自我を支えている。
・「人の無意識は、世の中の出来事や空気のようなものの影響を受けることがあるんだと、私はそう思うんです。作家や漫画家、画家や音楽家の生み出した作品が、意図したわけでもないのに、近い未来の世相を表現していたということはよくあります。それは、人の無意識が、何か社会の事柄から影響を受けている証拠に思えます」
・「物語を考えることは、救いになるんですよ」とわたしは言う。言わされているのだろうか。という疑念は依然としてある。「たとえば、二度と会えない誰かが今どうしているのか、最後まで見届けられなかった現実がその後どうなったのか、そういった物語を想像してみると、救われることはあるんです」
- 感想投稿日 : 2013年9月21日
- 読了日 : 2013年9月21日
- 本棚登録日 : 2013年9月21日
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