使いみちのない風景 (中公文庫 む 4-4)

著者 :
  • 中央公論新社 (1998年8月18日発売)
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・じゃあどうして定着型の人間が何年にも渡ってそんなにあちこちと移り歩いたりしているのか、ということになるのだが、結論から言うなら、いささか逆説的なロジックになるけれど、結局のところ僕は「定着するべき場所を求めて放浪している」ということになるのではないかと思う。

・僕はこのような生活をとりあえず「住み移り」という風に定着しているわけだが、要するに早い話が引っ越しなのだ。だから僕の略歴にはおそらく「趣味は定期的な引っ越し」と書かれるべきなのだ。その方がずっと僕という人間についての事実を伝えているんじゃないかという気がする。

・そこから何かの物語がはじまるかもしれないと僕は思う。アリクイの夫婦の姿から、あるいはギリシャの若い水平の目から。
でも、何も始まらない。そこにあるのはただの風景の断片なのだ。それはどこにも結びついていない。それは何も語り掛けない。

・「いや、ここには何かもっと別のものがあったはずなんだ。これだけじゃないんだ」
でも僕らがそのときに目にして、そのときに心をかきたてられたものは、もう戻ってはこない。
写真はそこにあったそのままのものを写し取っているはずなのに、そこからは何か大事なものが決定的に失われている。
でもそれもまた悪くはない。
僕は思うのだけれど、人生においてもっとも素晴らしいものは、過ぎ去って、もう二度と戻ってくることのないものだから。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2016年11月14日
読了日 : 2012年5月24日
本棚登録日 : 2012年5月24日

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