リーン・スタートアップ

  • 日経BP (2012年4月12日発売)
3.93
  • (240)
  • (293)
  • (181)
  • (36)
  • (14)
本棚登録 : 4161
感想 : 300
5

スタートアップが成功するための方法論として、エリック・リースが提唱する「リーンスタートアップ」。本書はエリック・リース自らがその枠組みについて書き下ろしたもので、非常に説得力があり、なぜ今リーンスタートアップという考え方が重要となっているのかがよくわかる。GEは自らの組織改革において、このリーンスタートアップを全面的に参考にして「ファーストワークス」という彼らの新しいやり方を構築したという。

リーンスタートアップとはイノベーションを継続的に生みだすための枠組みであり、そのためのアプローチである。その目的は、「顧客の望みを中心に(顧客から望みを聞くわけではない)意思決定を科学的に行う」ことである。また、ここでいう「スタートアップ」とは、「とてつもなく不確実な状態で新しい製品やサービスを創り出さなければならない人的組織である」。技術革新とネットワークの力、失敗のコストの低減などからスタートアップに限らずどのような企業においても、サービスを一から起こして効率的に成功する(もしくは失敗する)ための方法論が重要になっていると強く感じる。企業内で新しい事業を始める人(本書ではイントレプレナーと呼んでいる)は、本書にまとめられた「リーンスタートアップ」の枠組みを大いに参考にするべきだろう。

著者は自分の起業体験を説明するために、トヨタのリーン生産方式からヒントを得てその考え方をスタートアップに適用したという。リーン生産方式とは徹底的に無駄を排除するための方式であるが、スタートアップの経営でも無駄をできるだけ早く発見し、体系的に発見した無駄をなくしていくことが重要である。著者はそのことを自らのスタートアップ経営の経験から学び体系化してきたのである。現代の社会環境では、その重要さはもしかしたら生産の現場よりも大きいのかもしれない。

生産管理とスタートアップのマネジメントでは、必要とされるものはほとんど逆の性質を持っているのではないのかという印象を持つかもしれない。しかし、この本を読むとスタートアップにこそリーンな考えが必要であることがわかる。リーンスタートアップの枠組みの基本は次の通りである。

1.アントレプレナーはいたるところにいる
2.企業とはマネジメントである。スタートアップとは製品ではなく、組織である。
3.検証による学び。スタートアップの存在意義は、モノを作る、お金を儲ける、顧客にサービスするだけではない。どうすれば持続可能な事業が構築できるのか
4. 構築-計測-学習。アイデアを製品にする、顧客の反応を計測する、そして、方向転換(ピボット)するか辛抱するかを判断する ー これがスタートアップの基本である。
5.革新会計。企業の成果を高めたり、イノベーターに責任を持たせたりするため、アントレプレナーは、おもしろくない部分にも注力する必要がある。進捗状況の計測方法やチェックポイントの設定方法、優先順位の策定方法などの部分だ。

企業には、ビジョンがあり、戦略があり、製品がある。その中で、ビジョンはめったに変わらないが、戦略は変わるべきである。さらに製品はもっと頻繁に変わるべきである。そのことをスタートアップのチームで共有することは重要である。「製品は最適化というプロセスで変化していくが、これを私はエンジンのチューニングと呼ぶ。製品ほど頻繁ではないが、戦略も変化することがある(ピボット)。しかし、全体を支配するビジョンはめったに変わらない」

だからこそ、リーンスタットアップにおいては、「失敗」が非常に重要になる。単なる学び、ときに上手な言い訳、ではなく「検証による学び」という概念で、学び・失敗をとらえなおすことが重要だと言われている。そのために構築-計測-学習のサイクルを素早く回さなくてはならない。学習すべきことから計測すべき内容を導き出し、そのための構築を行うという形でバックワードで計画をして、素早く実行するのである。そして、必要であれば失敗に基づきピボットできるようにする。実際に中にいるものにとっては、ピボットの判断は非常に難しい判断になることが多く、また手遅れになることも多い。だからこそ、きちんと検証による学びをこのサイクルの中に意図的に組み込んでおかなくてはならないのである。

起業は博打ではない -「起業とはマネジメントの一種である」-「スタートアップは正しいやり方で進めるからこそ成功するのだ」。これがエリック・リースの基本的な信念でもある。

現在の状況において重要な問いは「この製品を作ることができるか」ではない。おそらく人間が思いつける製品であれば大抵のものは作ることができる。問われるべきは「この製品は作るべきか」なのだ。その先には「このような製品やサービスを中心に持続可能な事業が構築できるか」ということが問われるべき問いになる。そのために実験と検証が非常に有効だと。それがリーンスタートアップの肝となる -「我々はかつてない状況に直面している。人類全体の想像力の質が未来を左右する状況に」

「やってはいけないことをすばらしい効率で行うことほど無駄なことはない」のである。リーンスタートアップの枠組みは、この無駄なことをやってしまうことをを可能な限り少なくするためのものなのである。

実際に社内で新しいことをやるとき、「社内イノベーションでは「どうすれば社内スタートアップを親組織から守れるか」が課題だとよく言われるが、私は逆に「どうすれば親組織を社内スタートアップから守れるか」が課題だと思う」- この言葉を正しく理解できていないのかもしれないが、社内スタートアップを親組織である社内でいかに機能的に位置づけていくのかが大きな課題であると理解している。


「失敗」という言葉に新しい意義が加わり、段々と深みが積み重なっている気がする。
多くの学びがある、貴重な本。

---
伊藤穣一が解説を書いているが、彼の9プリンシプルズのひとつに「地図よりコンパス」が挙げられている。伊藤穣一はここで、リーンスタートアップの本質をわかりやすく表現すると「地図を捨てコンパスを頼りに進め」と説明している。現在の状況では、地図を作製しようとするとそれだけでプロダクトを開発する以上のコストがかかってしまうし、その間にさえ地図が陳腐化してしまう。コンパスを手に柔軟に進み、ときに素早くピボットをすることが成功の鍵になる。特に「セレンディピティ」の恩恵にも預かりやすくなるのである、と。

「地図よりコンパス」というのはわかりやすいかもしれない。

---

『GE 巨人の復活 シリコンバレー式「デジタル製造業」への挑戦』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4822255115
『9プリンシプルズ:加速する未来で勝ち残るために』のレビュー
https://booklog.jp/users/sawataku/archives/1/4152096977

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ビジネス
感想投稿日 : 2018年4月15日
読了日 : 2018年1月14日
本棚登録日 : 2018年1月8日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする