メランコリイの妙薬 (異色作家短篇集 15)

  • 早川書房 (2006年10月1日発売)
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本棚登録 : 168
感想 : 14
4

知人が、ブラッドベリの死を「さよなら青春」と書いていて。
翻訳が副業の人なので、ブラッドベリの文章は「これは絶対に邦訳できない」と、翻訳の限界を思い知ったと。

「ワンダフル・アイスクリーム・スーツ」
邦題「すばらしき白服」

白い服、だけれど、ただの白服じゃなくて、「ワンダフル・アイスクリーム・スーツ」なんだと。
素敵な紹介文を書いていたので、とても読みたくなって、読んで、納得。
これは、原文で読めるのが、とてもとても、羨ましい。
以下、ネタバレしまくり。

メキシコ系アメリカンの青年たちが立てた、とっても素敵な計画。
彼らは、真っ白な一着の夏用スーツを手に入れる。
この表現、メキシコ系の彼らの、浅黒いつやつやした肌に、シャリシャリした新品の、真っ白な背広がしゃんとハマっているところが、目に浮かぶ。真っ白だ!

p64
「白い! 真っ白だ! それは、純白のバニラアイスクリームのような白さであり、しらじら明けころアパートのホールに置かれた牛乳壜の中の牛乳のような白さだ。それはまた、月夜の夜ふけ、ひとり浮かぶ冬の雲のような白さだ。この暑い夏の夜の部屋で、今それを見ていても、吐く息が白く見えてきそうだった。目を閉じても、それはまぶたに焼きついていた。今夜みる夢は何色か、彼にはわかった」

この魔法の白い背広を来て、彼らは次々に素敵な体験をする。
読んでいるだけで、こちらまで嬉しくなってしまって、かつて短編で、たった一着の背広で、こんなに幸福な気持ちにさせてくれた物語があったろうかと踊りだしたくなるほど。
素敵だった。




短篇集なので、好みなのも、そうでもないのもあったけれど、何度か泣かされた。
感動ではなくて、おそらくは、郷愁。
「初めの終わり」「イカロス・モンゴルフィエ・ライト」「金色の目」「贈りもの」「いちご色の窓」

「初めの終わり」も、とても好き。
人間の幼年期の終わり。前進の意思。年老いた父親の、生まれたばかりの、これからという未来への希望にあふれた、一歩。そして自分の手元にある、日常。
人の心は大地を離れては生きられないけれど、心は、飛び立とうとする。もっともっと遠くへ、前進しようとする種。
p49
「おれの齢は十億なんだ、と、彼はひとりごちた――いや、生まれてからまだ一分しかたたんのだ。身長は一インチ、いや、一万マイルかもしれん。……略……こすいて沐浴しながら、彼はあの歌を思い浮かべていた。車輪の歌、信仰も神の恩寵もはるかかなたの宙空にあるというあの歌を。そしてその宙空には、あのひとつの星が、じっと動かぬ百万の星のあいだを縫って、前進し、あくまでも前進しつづけているのだ」

「贈りもの」
おめでとう、君に、宇宙のすべての星からの、祝福を。


火星に住み、地球を思う。前進しなければならない、という意識。なつかしむ故郷。自分の抱える家族。
私は自分の家族をとても好きで、嫌いになるときがあっても、やはりとてもいとしいもので。けれども、もうひとつのものは自分にはおとずれないだろうと思うから、余計に、前進しようとする意思に、感じいる。
日本人の原風景は森だというけれど、私の原風景はきっと水だと確信するほどに水に惹かれる自分の、中の、また別な部分が、宇宙に惹かれる。数字の宇宙ではなく、イメージの宇宙と、旅立ちに。
人の個人ではなく、人という種の全体で前進しようとするものを感じることに、幸福感に、その先に光やしあわせが訪れるだろうことを願って。
イオルルト――わが遊星地球。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: SF
感想投稿日 : 2012年6月23日
読了日 : 2012年6月23日
本棚登録日 : 2012年6月17日

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