オウエンのために祈りを 下巻 (新潮文庫 ア 12-11)

  • 新潮社 (2006年9月1日発売)
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本棚登録 : 290
感想 : 22
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「人のためにわが身を投げ出すヒーローになれないクリスチャンは臆病野郎だ」。潰れた声を持つ小柄な少年オウエンが、ヒーローになるまでの長い長い物語。読み終わった後より、エピグラフと上巻冒頭のオウエンの描写をもう一度読み直した時の方が感動的だ。「神様の道具」と自称し続ける彼の使命は初めから決まっていて、散りばめられたいくつものたわいない出来事が最後にすべて意味づけられる体験が、久しく無かった爽快な読後感だった。あまりにあまりに冗長的な「ぼく」の語りに読み飛ばしもかなりあるかもしれないが、結末ありきでもう一度読んでみたいなと思えるのはすごいことだ。
思えば登場人物にはみんな何らかの悲しさがある。ぼくとオウエンの出生、母の最期、長い独り身を余儀なくされる継父、満たされない従兄弟たち。そのすべての悲しみを「意味」や「奇蹟」に変換してしまう信仰はともすれば恐ろしい。オウエンを英雄にしたのは考え方次第ではキリスト教の思想であって、何万人といたベトナム戦争の一被害者と言うこともできる。それでも弱く小さく変わり者のオウエンに、生きる道筋を照らしたのは予知夢と信仰であった。「……生きていて、わたしを信じる者は、いつまでも死なない」。死に際してもその福音が彼を微笑ませたのだと思うと、動物の中で人間だけが持つ「宗教」の力を考えさせられる。幸福の近道は何らかの信仰なのかもしれない。そういえばそんな現代作家の本を最近読んだ気がする。


「……愛している誰かが死ぬとき、しかも予想していない時に死なれた場合、一度に突然その人を失うわけではない。長い時間をかけて、少しずつ少しずつ失っていくのだ。しだいに郵便物が来なくなり、枕やクローゼットの衣類からにおいが薄れていく。少しずつ、なくなった部分、欠けた部分を積み重ねていき、そしてその日がやってくるーーある失われた部分に気がついて、(母は)永久にいなくなったのだという痛切な思いにかられる。そしてまた一日、すっかり忘れて何ごともなく過ぎたと思うと、またもや何か失われた部分、欠けた部分に気づかされる。(上巻p.263)」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年3月7日
読了日 : 2023年3月6日
本棚登録日 : 2023年3月6日

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