イラクサ (Shinchosha CREST BOOKS)

  • 新潮社 (2006年3月29日発売)
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本棚登録 : 800
感想 : 72
5

全編を通じて、意地が悪いなぁと思った。
しかしマンローの作品からは人を傷つけて愉しもうという悪意よりも、人生とはこういうものよと痛いところを隠さずに投げ出す、達観した透明さを感じるので、どれもパーフェクトなハッピーエンドではないけれど、不思議と後味が良い。
読んで直後は「なぐさめ」「記憶に残っていること」が良いと思い、今もやはり特に好きなのはその二編なのだけど、思い返して度々考えたのは「クマが山を越えてきた」だった。
まず、タイトルの意味がわからない。
それが引っかかって仕方なく、検索してみたところ、"The Bear Went Over the Mountain"という童謡があると知った。
おそらくこのもじりなのだろう。
童謡の歌詞は、
「何が見えるかとクマが山を越えて行った クマが見たのは山の反対側だった」
というようなもの。
実に他愛ないが、知った瞬間にぞっとした。
マンローの作品は、認知症となった妻が自分を忘れて他の男性と親密になっていく様を見る夫が描かれているのだけど、その夫もこれまでに随分と浮気を繰り返している。
歌をここに重ねると、夫が山=結婚生活を越えて妻の側に立ってみた、そこにあったのは同じ山の反対側…つまり、妻の方は自分に貞淑だと思っていたけれど妻も自分と同様だった、ということではないだろうか。
妻がこれまで実際に浮気をしたようには読み取れないし、目の前で起こっているのも小学生の恋のような微笑ましいものなのだけど、夫が勝手に思い込んでいたように、妻だけは夫を一秒も欠かさず愛していた、なんてことはない。
そう私は受け止めた。
恋愛感情というのは、たとえ両想いであっても双方から結ばれた一本の線ではなく、それぞれが不連続に零す点だと思っているので、この夫とおそらくは妻とが、常に互いを愛していなかったことを不埒であるとは全く思わない。
むしろそれが自然だと思う。
しかし、互いに打ち合わせなしに零す愛の雫が偶然に重なる瞬間、それは非常に美しいもので、この作品のラストはまさにその場面だと思っている。
見事。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年3月12日
読了日 : 2015年3月12日
本棚登録日 : 2015年2月4日

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