そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫 クリスティー文庫 80)

  • 早川書房 (2003年10月1日発売)
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 謎の人物U・N・オーエンによって離れ小島のインディアン島に集められた10人の男女。彼らに共通点と呼べるものは無かった。過去に死の香りさえなければ。やがてU・N・オーエンによる殺戮が始まる。一方的な正義を名乗り、インディアンの童謡に乗せて・・・。

 相変わらず風景描写が判り難いがそんなことは気にならないくらい各人物の心理描写がしっかり描かれている。段々と人数が減っていき互いに犯人ではないかと疑いあう者達。しかし、誰が犯人か全く判らない故に協力の名のもとに一つの部屋に集まり監視をし合う。クリスティーの持ち味が満遍なく活かされた究極の部類に入るミステリだろう。
 この作品で優れているのは心理描写だけではない。恐らくミステリを志す者なら一度はやってみたいと思う『見立て殺人』をここまで魅力的に描いている作品は他にはそう無いからだ。クリスティーはマザーグースが好きだったらしく本作品以外にも多数のマザーグースを題材とした作品を残しており、中には見立て殺人形式を採っている物もあるが、それらも本作には叶わないだろうと私は思っている。なぜなら事件全体に及ぶ犯人の見立て殺人へのこだわりが凄まじいからだ。

 何故犯人が『見立て殺人』を起こすかは大体二通りの解釈が出来るのではないかと思っている。一つは被害者を恐がらせること。見立て殺人では連続殺人となる場合が非常に多く、誰がどの様に殺されるかも判っている場合が多い。ならば後に残る被害者候補ほど凄まじい恐怖に襲われることになる。これは犯人が被害者に対してとても強い憎しみを抱いている場合に起きることが多い。もう一つは自分の力を誇示すること。これは被害者への憎しみの感情は薄いがそれゆえに状況を支配することに対する強い快楽を持っている厄介なタイプ。しかし、細部までこだわろうとするあまりに余計なことをしてつまらないミスを犯すこともまた多し。
 本作の犯人は後者のタイプであるのは明白だが、殺人の目的も非常に判り易い。しかし、自分さえも被害者リストに入れているために登場人物や読者に対して緊張感を抱かせる。この犯人は上手く皆を騙して自分だけ生き残ろうとするのではなく、自分さえも連続殺人の被害者に入れているのだ。その上で他の人間を騙し、殺人を遂行し、その殺人をインディアンの童謡になぞらえるのだ。此れほどまでにある種美しい殺戮劇は無いだろう。

 ラストには島から全ての生者が消え去り、島に乗り込んだ警察を困惑させる。犯人にとっては比べようも無いはずの喜びだが、肝心の犯人は既に死んでいて警察の反応を知ることは不可能。
 この作品の最大のトリックは犯人が死んでしまうことにあるのではないだろうか。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリ
感想投稿日 : 2016年8月24日
読了日 : 2009年3月31日
本棚登録日 : 2014年10月25日

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