サラサーテの盤―内田百けん集成〈4〉 (ちくま文庫)

著者 :
  • 筑摩書房 (2003年1月8日発売)
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本棚登録 : 660
感想 : 56
5

エッセイの時とはまた違った印象。読み易い、自然な美文であることは変わらない。
そこはかとない怪異を感じさせる作品集。
夢と現実との境目、生者と死者の境目、見えるものと見えないものの境目・・・すべて『曖昧』
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という言葉があるが、これはネタ証しがされてホッとするとともに興醒めな部分もある。
この本では、ネタ証しはされないので興醒めはしない。
そう思えばそんなような〜?
もしかしたらそうかもしれない・・・
曖昧な気分がどこまでも続くので、何度でも読み返せる。

個人的に印象に残った話をいくつか上げたい。
最初の『東京日記』は、二十三編の小品詰め合わせ。怪物の登場から、懐かしい人の声で締めるまで、「夢十夜」のような感じで様々な不思議が描かれる。
この本の巻末には、三島由紀夫の解説という、スペシャルなものが収録されているのだけれど、三島先生は「その六」のトンカツ屋の話が怖いと書いている。私も映像的にアッ!と思うオチだった。
落ちにハッとするという事なら、「その十二」の知らない人と箏を並べて重奏する話と、「その十九」の同窓会の話も首の後ろにすうっと風が通る。
割とハッキリした怖さをさそうのは、もう弔いも済んだはずの人が隣の部屋で、死んだ姿で寝ている話だ。

『とおぼえ』の、氷屋のおやじと客の、なんだか噛み合わないやり取りが続き、だんだんと核心(?)に近づいて行くのは、そこはかとないこわさの中にユーモアもある。

『南山寿』は、教師を退職した途端に妻が亡くなってしまい、手持ち無沙汰に鬱々としている人。
行く先々に現れる、後任の新教官が不気味なのだが、本当に偶然なだけかもしれないし、今の言葉で言うところの「ストーカー」ならそれは別の意味で怖い。

『柳撿挍(検校)の小閑』は、親友だった宮城道雄がモデルらしい。目の見えない人のものの感じ方というものはまた別世界だ。怪談ではなく、お弟子さんとのほのかな交流と予期せぬ別れの物語。

『東海道刈谷駅』では、列車の転落事故で亡くなった宮城道雄氏の当時の行動を記録をもとに追う。
そして、二年ののち、まだ気持ちの置き所に迷いながらも、宮城検校の遭難の地に程近い、東海道刈谷駅を訪れる。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2023年11月15日
読了日 : 2023年11月15日
本棚登録日 : 2023年11月15日

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