つめたいよるに (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1996年5月29日発売)
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本棚登録 : 14149
感想 : 1166
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『つめたいよるに』には21編もの短編が収録されています。5分もあれば読めてしまうどの物語も、長い余韻を残しながら消えるように心のなかへと静かに沈んでいきます。

それはそれは、まるで優しい味のバニラアイス。そんな短編集でした。
口に含めばトロリと溶けてしまう甘さは「生」と「死」のあやふやな境界線のような儚さです。
バニラの淡い黄身色は、私たちの存在はいつか過去へと帰っていくのだと、どこか懐かしさを覚えるような温かさでした(アイスに温かいは変ですね)

「でもなぁ。いつも同じ味、同じ見た目ばかりでは、大好きなバニラアイスとはいえ飽きてしまうわ」そんな我が儘なわたしにも嫌な顔ひとつせず、江國香織さんはバニラアイスを差し出してくれます。そのバニラアイスを見てわたしは自分が間違ってたことに気づき、そして目の前に広げられた光景に感動しました。艶やかなチョコレートソースやキャラメルソース、ストロベリージャムなどがかけられた数えきれないほどのバニラアイス。カラフルなトッピングシュガーで飾られたバニラ。ほろ苦い熱いコーヒーの中で溺れるバニラ。意外な調味料が隠し味となり美味しさが引き立てられた数々のバニラ。どれひとつとっても同じものはありません。

江國香織さんがすごいなと思ったのは、本来のバニラアイスの美味しさを失うことがないところです。トッピングや隠し味はほんのちょっぴり。ほんのちょっぴり悲しかったり、幸せだったり、恐ろしかったり、そんなエッセンスを加えながら、不思議で味わい深い物語をわたしたちに届けてくれます。
特に「あ、わたしこの味好きだ」と思った物語は『デューク』『スイート・ラバーズ』『銀色のギンガムクロス』『南ケ原団地A号棟』でした。
悲しいのに幸せ、苦手なはずなのに愛しい、可笑しいのに切実、そんなバニラアイスたち。
きっと、読んだひとそれぞれお好みのバニラアイスが見つかるはず、そんな短編集でした。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学:著者あ行
感想投稿日 : 2020年4月25日
読了日 : 2020年4月25日
本棚登録日 : 2020年4月25日

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コメント 2件

まことさんのコメント
2020/04/26

地球っこさん♪こんにちは!

江國香織さんは、私も大好きな作家さんです。
江國さんの作品をバニラアイスに例えて表現されるなんて、江國さんの作品も、素敵ですが、地球っこさんの表現力がさらに素晴らしいと思いました。素敵です。
私も、この作品集は、かなり昔読みましたが、今でも『デューク』だけは忘れられない作品です。

地球っこさんのコメント
2020/04/26

まことさん、こんにちは。

江國香織さん、実は恋愛小説のイメージが強くて今まで読む勇気がなかった作家さんでした(恋愛もの苦手でして 笑)
でもこの『つめたいよるに』は、いろんな江國さんが見ることができてとても良かったです!
なぜかバニラアイスが浮かんできたので、バニラ、バニラとなんだかよくわからないレビューになっちゃいました。

江國香織さん、追いかけていきたい作家さんになりました(*^^*)

『デューク』わたしも心に残りました。
この作品、大学入試センター試験の国語の問題にも使われたんですね。
試験中にもかかわらず涙を流す受験生が続出したとか。
できたらこの物語は、じっくりひとり静かに本と向き合える時間に読みたいですよね。。。
どんな問題でどんな正解なのか、気になるところです。

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