『つめたいよるに』には21編もの短編が収録されています。5分もあれば読めてしまうどの物語も、長い余韻を残しながら消えるように心のなかへと静かに沈んでいきます。
それはそれは、まるで優しい味のバニラアイス。そんな短編集でした。
口に含めばトロリと溶けてしまう甘さは「生」と「死」のあやふやな境界線のような儚さです。
バニラの淡い黄身色は、私たちの存在はいつか過去へと帰っていくのだと、どこか懐かしさを覚えるような温かさでした(アイスに温かいは変ですね)
「でもなぁ。いつも同じ味、同じ見た目ばかりでは、大好きなバニラアイスとはいえ飽きてしまうわ」そんな我が儘なわたしにも嫌な顔ひとつせず、江國香織さんはバニラアイスを差し出してくれます。そのバニラアイスを見てわたしは自分が間違ってたことに気づき、そして目の前に広げられた光景に感動しました。艶やかなチョコレートソースやキャラメルソース、ストロベリージャムなどがかけられた数えきれないほどのバニラアイス。カラフルなトッピングシュガーで飾られたバニラ。ほろ苦い熱いコーヒーの中で溺れるバニラ。意外な調味料が隠し味となり美味しさが引き立てられた数々のバニラ。どれひとつとっても同じものはありません。
江國香織さんがすごいなと思ったのは、本来のバニラアイスの美味しさを失うことがないところです。トッピングや隠し味はほんのちょっぴり。ほんのちょっぴり悲しかったり、幸せだったり、恐ろしかったり、そんなエッセンスを加えながら、不思議で味わい深い物語をわたしたちに届けてくれます。
特に「あ、わたしこの味好きだ」と思った物語は『デューク』『スイート・ラバーズ』『銀色のギンガムクロス』『南ケ原団地A号棟』でした。
悲しいのに幸せ、苦手なはずなのに愛しい、可笑しいのに切実、そんなバニラアイスたち。
きっと、読んだひとそれぞれお好みのバニラアイスが見つかるはず、そんな短編集でした。
- 感想投稿日 : 2020年4月25日
- 読了日 : 2020年4月25日
- 本棚登録日 : 2020年4月25日
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