稀代の文豪・漱石の、信じられないほど豊富な語彙に支えられた的確な情景描写と絶妙な色彩感覚が織り成す繊細で美しい日本語を、気軽に、そして、無心に堪能できる小品集。「夢十夜」、「文鳥」、「永日小品」を収録。
表題作「夢十夜」では、一人の男が見た、奇怪でとりとめがないのに不思議な吸引力のある十の夢が淡々と綴られています。
たとえば。
目の前で死んだ女との約束を守り、女の墓の前で太陽の浮き沈みを数えながら百年もの間再会の時を待ち続けた第一夜。
鎌倉時代の名仏師・運慶がなぜか明治時代に現れ、ただの木材から一体の仏像を掘り出していくのを見つめた第六夜…。
しっとりと水気を含んだ射干玉のような艶やかな暗闇を連想させる雰囲気を持つ、小さな幻想の世界に浸ることができます。
同時収録の「文鳥」にも共通しますが、鋭い色彩感覚に裏打ちされた、楚々としながらも蠱惑的な女性描写は本当に秀逸で、清艶と言う他ない。
漱石って、「三四郎」や「草枕」なんかもそうなんですけど、実は、男を振り回す「清楚系小悪魔美女」のキャラ設定や描写がすごく秀逸なんですよね。
谷崎潤一郎的な「魔性の女」、「運命の女」とはまた全然違う魅力があって。川端康成の「清涼な少女趣味」とも違うし。
「こころ」などに代表される漱石生涯の主題と言われた、深い心理描写によるエゴイズムの追求はこの作品群では影を潜めているので、長くて堅苦しいと漱石を敬遠している人にこそお勧めしたいです。
何も考えずに、ただただ無心に、美しい日本語を堪能できるので。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
古典
- 感想投稿日 : 2020年3月22日
- 読了日 : 2020年3月22日
- 本棚登録日 : 2020年3月22日
みんなの感想をみる