新装版 あ・うん (文春文庫) (文春文庫 む 1-20)

著者 :
  • 文藝春秋 (2003年8月1日発売)
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 一組の夫婦とその親友である男の、奇妙で幸福で完璧な三角関係の話です。  
神社の鳥居に対となって並ぶ狛犬「阿(あ)」と「呍(うん)」のように、常にお互いがかけがえのない存在であることを認識し、絶対的な友情で結ばれている、門倉修造と水田仙吉。  

そんな彼らの間に20年以上も存在し続けている、公然の秘密。それは、門倉が、水田の妻・たみに恋をしており、たみも少なからず門倉に恋をしていること。そしてそのことを、夫である水田だけでなく、水田夫妻の一人娘のさと子、門倉の妻や愛人など、彼らを取り巻くすべての人々が知っていること。誰一人として、それを口に出さずに受け入れ、日常としていること。  

積年の恋心を告げることさへせずに胸に留めながら無心に親友一家に尽くし続ける門倉と、そのすべてを知りながら歪みない心で受け入れてきた夫妻の、暖かくも不可思議な関係と、生まれたときからそんな三人をみつめ続けてた娘のさと子が恋を知ったことで少女から女性になっていく過程――その二つの要素が、生活観溢れる日常に丁寧に織り込まれて層をなし、簡潔な言葉で、トンッ、トンッと音を刻むかのように小気味よく紡がれていきます。  

戦争の足音が聞こえていた時代、異質だけどこの上なく居心地のよい三角関係を真摯な気持ちで壊さないようにと長年努め続けてきた大人たちが、些細だけど重要な事件の積み重ねからその均衡を崩しかけ、あわや関係に終止符が打たれるかという矢先、各々の感情を肩代わりさせるかのように、破滅的な恋に身を投じるさと子の背中を押してしまうラストシーンは鮮やかで、強い印象を残します。  

奇妙だけど甘美な関係が、歯切れよい言葉と溢れる生活観、そして、成長の過渡期にいるさと子の若く初々しい視点が組み込まれることで、毒気どころか、瑞々しく描かれた秀作です。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 恋愛小説
感想投稿日 : 2014年2月4日
読了日 : 2014年2月4日
本棚登録日 : 2014年2月4日

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