神秘大通り (上)

  • 新潮社 (2017年7月31日発売)
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本棚登録 : 391
感想 : 17
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アーヴィングの最新作、70歳超で3年かけて書いた渾身の作品でしょうね、素晴らしいです。大笑いしたり、しんみりしたり、唸ってみたり、うるうるしたり。あぁ~読み終えてしまうのが名残惜しい、でもでもページを繰る手は止まらず、今日も時計の針は2時をさしている……うぅ寝るのも惜しい、でもでも明日を生きるために何とかして寝なければ……。

***
メキシコ系アメリカ人の作家フワン・ディエゴは、懐かしい友との約束を果たすためフィリピンへ旅立ちます。その途中で出会った素っ頓狂な母と娘が道連れとなって波乱の予感。そんな旅にくわえてフワン・ディエゴの気ままな時空の旅は、まるでアーヴィングの師匠カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』のよう。時空旅行の主人公は、メキシコのゴミ捨て場で生まれ育ったちょっと気弱な少年フワン・ディエゴ。彼をとりまくのは、かまびすしい才気煥発な妹ルぺ、ペペ修道士やゲイのカップルのフロール&エドワード・ボンショーの面々たち。どのキャラクターも魅力的で愛らしい。

作家フワン・ディエゴとゴミ捨て場の少年の二重ストーリーで織りなしていく本作は、ややもするとひどく錯綜して収拾がつかなくなってしまいそうですが、そこはアーヴィングの腕前が光ります。破天荒で奇をてらったようなプロットもなく、基本的に時系列で進めていますのでまことにリーダブル。これだけの物語と描写をすんなり面白く読ませるなんて神業ですね。屈指のストーリーテラーに拍手を贈りたい(^^♪

アーヴィング作品を読んでいつも舌を巻くのは、彼の鋭い人間観察眼、作家の温かい感性は歳をへてもまったく色褪せることがありません。そしてなんといっても作者の勇敢さが作品全体にみなぎっていて力強く、決してぶれない、誰が何と言おうと(笑)。この魂のパワーは一体ぜんたいどこからくるのかしら?

キリスト教(カトリック組織)の堅固な教条主義、メキシコの先史を塗りつぶしながら人々を呑みこんでいくマリア信仰、親を選ぶことのできない子どもの貧困や苦悩、性的マイノリティリや障がい者への差別、第二次世界大戦でアメリカと日本にもみくちゃにされたフィリピン、さらにはフワン・ディエゴをして語る作家アーヴィングの前作品たち――ときに『サイダーハウス・ルール』であり、『サーカスの息子』や『ひとりの体で』だったり――さらには彼が霊感を受けたホーソーン『緋文字』、メルヴィル『白鯨』、ディケンズ『ディビット・コパフィールド』もちらりと顔をだし……さりげなく? いやいや大胆に自らの小説手法の披歴をしてみたり――やれやれ、「。」なしで一気呵成に書いている自分にうんざりしますが――とにもかくにもアーヴィングファンにはこたえられない、そうでない人も十分愉しめるエンタメ作品に仕上がっています、まる。

「自分なりのやり方で、フワン・ディエゴはフロールとエドワード・ボンショーに起こったことを書きはしたが、あのふたりのことは一度も書こうとはしなかった……小説家というものは登場人物を創造し、そして物語を創作するものだと考えるようになったのかもしれない――ただ自分の知っている人たちのことを書いたり、自分の話をつづったりして、それを小説と呼ぶなんてことはしないのだ」

つねづねアーヴィングは「死」を扱うことが巧みな作家だと思いながら、熟年に達した本作ではとりわけ上手いと感じ入りました。つまるところ「生」を描くのが上手いのですよね。生と死は分かちがたいコインの表と裏。読んでいる最中も、本を閉じた後も、そして読了後も私はほのかなぬくもりに浸って幸せな心地。
みずみずしい人間の生きざまを、多様にダイナミックに、そして繊細に描いていくアーヴィング。今後の作品にも期待したいな♪

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感想投稿日 : 2018年8月23日
本棚登録日 : 2018年8月10日

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