高校時代には完璧な調和にあった4人の親友とのグループから、説明もなく一方的に関係を切られたことで心に傷を負った「多崎つくる」は、ある出来事をキッカケに、過去を見つめ直す巡礼の旅に出る。色彩。駅。6本目の指。『ル・マル・デュ・ペイ』。
多崎つくるは自分のことを、人としての「色彩」を欠いた、中身のない空っぽの容器でしかないと表現しているが、誰しもそんな面があるのではなかろうか。つまり、個性だなんて言っても確固たる何かが存在しているわけではなく、実際にそこにあるのは、外部からの刺激に対する応答のある種のパターンに過ぎない。個性とは内在的なものではなく、外在的なものなのだ。もし何もない空間に人が一人で放り込まれたら、どんな「個性」を発揮できるというのだろう。その意味で、人はみな、外から中身を注がれるのを待っている容器である。
“『たとえ君が空っぽの容器だったとしても、それでいいじゃない』とエリは言った。『もしそうだとしても、君はとても素敵な、心を惹かれる容器だよ。自分自身が何であるかなんて、そんなこと本当には誰にもわかりはしない。そう思わない?それなら君は、どこまでも美しいかたちの容器になればいいんだ。誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感の持てる容器に』”(p.323)
表現に関して言えば、比喩に村上春樹さん独特のセンスがある。例えば、
“言葉はそこでは力を持たなかった。動くことをやめてしまった踊り手たちのように、彼らはただひっそりと抱き合い、時間の流れに身を委ねた。(p.309)”
比喩によって喚起されるイメージによって、作品がふんわりと豊かになっている気がした。本作では、『1Q84』におけるリトル・ピープルのようなメタファーの要素は少なく、現実世界に近い。
結局、すべての伏線が回収されることはないまま、言ってしまえば中途半端な形でラストを迎えるが、ここまで大胆に読者に想像の余地を残してくれているのが新鮮に感じた。
- 感想投稿日 : 2022年3月17日
- 読了日 : 2022年3月16日
- 本棚登録日 : 2022年3月6日
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