「冥府」「深淵」「夜の時間」の三作収録。解説(息子の池澤夏樹)によると、作者自身がこれらを「夜の三部作」と呼んでいたらしい。夜=死の印象の強い3作でしたが、どれもテイストが違って良かった。
「冥府」は一種の死後の世界の話。失った生前の記憶を少しずつ取り戻しながら、「新生」=生まれ変わるための裁判を待つ人々が暮らす不思議な町。死者同志が7人集まると裁判が始まる不思議なシステム。悪夢の中のような浮遊感のある短編。
「深淵」はうってかわって現実的なドロドロ感がある。結核療養所で15年暮らし聖女と呼ばれた30代半ばの女性が、どうしようもない「飢え」を抱え放火や殺人を繰り返して生きてきた50代の男と運命的に惹かれあう。解説で「舞姫タイス」を引き合いに出されていたけれど、なるほど、男女は逆ながら近いものが。男女どちらの心理も救いがなく、読後感は重い。
「夜の時間」は三作の中でいちばん長編で、そして個人的には一番好きだった。若き医者・不破と、彼の婚約者で結核患者の冴子、そして冴子の友人で不破の元恋人の文枝。かつて不破の親友・奥村次郎の自殺をきっかけに破局した二人が再会したことから物語が動き出す。一見三角関係の恋愛メロドラマのようでありながら、実は文学における普遍的なテーマともいえる「人はなぜ生きるか」を真正面に据えており、意外にも3人ともが前向きになるラストが感動的。恥ずかしながらちょっと泣いた。
「神になるため」に自殺した奥村次郎というキャラクターの印象も鮮烈。奥村の自殺の理由を理解できず、残された二人が戸惑い苦しむ様子に、なぜか萩尾望都の「トーマの心臓」が重なった。奥村はさしずめ、一人でサイフリートとトーマの役柄を担っている。文枝がユリスモールで、不破がオスカー、冴子はエーリクかな、などとつい置き換えながら読んだ。まあそれは別としても傑作。もっと読まれるべき作品だと思う。
- 感想投稿日 : 2016年8月29日
- 読了日 : 2016年8月28日
- 本棚登録日 : 2016年8月19日
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