楼蘭 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1968年1月29日発売)
3.55
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感想 : 48
3

中国西域エリアの短編集
いわゆる井上靖の「西域もの」
中国の歴史とモンゴルの表面をなぞった程度の知識であるが充分楽しめる
この辺りはミステリアスでそそられますね
表立って主役にはならないが重要な要素を持つ国々をはじめ、中国の歴史やその近郊に触れ、
知的好奇心も満たされる
地図があればもっとわかりやすいのになぁ…(惜しい)

あと後半に日本国内もの(?)もあるのだが、
ここに入れるのはちょっと…もったいない
別にして欲しいかったなぁ


「楼蘭(ろうらん)」
中央アジア、タリム盆地のタクラマカン砂漠北東部
現在の中国・新疆ウイグル自治区チャルクリク
かつて存在した都市国家であり、「さまよえる湖」ロプノールの西側だ
交易によって栄えた小国楼蘭
匈奴に従うか、漢に従うか…
その時々で方針を変えながらも何年にもわたり、匈奴と漢に翻弄された国の歴史

4世紀ごろからロプノールが干上がるのと同じころ国力が衰え、やがて砂漠に吞み込まれ幻の都となる
1900年にスウェーデンの探検家に遺跡が発見された、非常に保存状態の良い「楼蘭の美女」と知られるミイラがある
これに基づいて作られた物語
フィクションとノンフィクションが絶妙で想像力を掻き立てられる
壮大で繊細で幻想的、そして物悲しい


「洪水」
後漢の末期
タクラマカン砂漠のクム河の河畔に新しい軍事植民地を建設するため、兵を率いて出立した初老の武将サクバイ
生涯を匈奴との闘争に捧げた
そんなサクバイがアシャ族イラン系遊牧民の若い女と出逢い、戦闘生活に色が出る
匈奴出没の情報を得たサクバイらはクム河を渡るべく進軍するが河は増水し氾濫状態
匈奴どころじゃなく、洪水と戦うことに
これをおさめるには女を投じることだという
女は一人しかいない
さぁどうするサクバイ

「異域の人」
後漢の匈奴との争いが絶えない時代
匈奴討伐軍に参加した班超
ひたすら30年それに費やした
ようやく帰国した班超
孤独の歳月は漢人固有のおっとりした表情が奪われて、街を歩けば「胡人」と呼ばれてしまう
こんな理不尽な運命に翻弄された人物が、当時どれだけいたことだろう…


「狼災記」
ある種族の女と出会い、通じることになる(こういう言葉って便利ですね)
女曰く「我々の種族は、他種族のものと七夜契ると狼になると言われている」…
中島敦の「山月記」を彷彿させる
人間の本能と狼と化した野生の本能がせめぎ合う部分が読みどころ
あとは…うーん
個人的には「山月記」に軍配が上がるなぁ
この戦闘だけの人生→異国の女と出会い→色めいた関係になる
のパターンに飽きてきてしまって、どうもシラけてしまった
ごめんなさい


「羅刹女国(らせつにょこく)」
500人の羅刹女が居る宝州
(セイロン島付近の島のひとつでは?とのこと)
「羅刹」とは人肉を食べる悪鬼のこと(ひぇ~)
女達は羅刹と人間の女の2面性を持つ
人間の女の姿に変じ、それを千日変えないでいると人間の女になる(なれる)という宿命
だが羅刹の心がそれを妨げる
羅刹の心が表われると、即刻男たちを鉄牢に繋ぎ、食わずにはいられなくなる
(なかなか千日をこえられないのだ「早く人間になりたい」(笑))
そんな羅刹女の国に男たちを乗せた大型の難破船がやってくる
非常に愛情深く優しくもてなす女性たち
大喜びの男ども…
フフフ
もう想像つきますでしょ?
こういうのって読まなくても想像つくし、想像通りの展開なんだけど面白いのです(笑)
(展開がわかっているのに楽しめるストーリーを個人的に「水戸黄門系」と勝手に命名してるのだが、まさに水戸黄門的展開!)

最初は毎日が天国→カップル成立→子供をつくる→気づくと男の数が減っている…
そして最後は…
さぁ男はどうする
さぁ女はどうしたい


「僧伽羅国縁起」
う~切ない
心を揺さぶられた
とある事情により狼と結婚した女
一男一女をもうける
大人になるにつれ、人間の心が強くなっていく子供たち…
言葉を話すようになり、「なぜ父親が虎なのか」問うように…
さらに理性が強くなり、「こんな山の中じゃなく人間たちと暮らしたい!(そうよねぇ(涙))
父(狼)の居ぬまに、逃げよう」(いちいち切ないのよ)
残ろうとする母もしぶしぶ重い腰をあげ、故郷へ戻る
貧しいながらも故郷の村で暮らす3人
しかし狼は母を忘れられず人間の住む土地へ再三出没し、人を喰らうように
当然村で問題となり、狼退治に精を上げるように
最後は息子が名乗りを上げ、いざ父である狼と対面
果たして…
はぁ、しばらく切なさが後を引いてしまった

唐代の僧である玄奘三蔵の記録である「大唐西域記」が元ネタのようだ
この息子である若者と虎の話は代々伝わり、
虎が獅子となり→獅子国と呼ばれ、
僧伽羅国となり→錫蘭島(セイロン島)へ
おおなるほど!

ちなみに本来言われているセイロン名称の由来は
~セイロンの名称の由来は、紀元前5世紀に最初の王朝の初代の王になったとされるウィジャヤが、
ライオン(獅子)と人間との間に生まれた親の子供であったことから、子孫をライオン(獅子)の子孫といい、島の名をシンハ・ディーパ、ライオンの島(法顕の『仏国記』では師子島)と呼んだことに因む(wikiから抜粋)~


「宦者中行説」
漢の宦者である中行説(ちゅうこうえき)という人のお話し
漢がまだ匈奴に脅威を感じ、直接対決を避けるため、貢物をせっせとしていた頃
漢の娘を匈奴へ嫁入りさせる
これに同行したのが年齢不詳、経歴不詳、しかしながら有能な中行説
匈奴の単于(「ぜんう」とは匈奴の君主の称号)に気に入られ、いつしか近くで侍るように
気づけば自然と匈奴のためになる政策を考え、漢との闘い方を匈奴へ教えるように
都の長安へ帰りたい気持ちがある反面、匈奴の単于の命があるかぎり匈奴からは離れまいと思うように…
中国史ではよくありがちな話ですね
中国史や中国の歴史小説がなぜ面白いのか…
それは人物史だからだと改めて思う物語だ


「褒じの笑い」
「褒じ」という名の貧しい村の娘
親は娘に恩を着せるためにお前は拾った子だと言い続け育つ
そんな育てられ方をしたせいか、全く笑ったことのない娘
しかし娘は大変な美貌の持ち主
なんと後宮にあがることになる
周の幽王は褒じを大変気に入り、たいそうな惚れこみよう
笑わない褒じをなんとか笑わせたい一心
ここから先はオオカミ少年的なストーリー展開なのだが、
なんせ一国の国王が国を巻き込んでやっちゃうからえらいこっちゃ

褒じの出生について司馬遷「史記」の中の神秘的な話しも紹介されている
こちらも興味深い


※コレ以降日本国内のストーリー

「幽鬼」
明智光秀
日本の戦国時代へ
光秀の決死の覚悟に至るまでの心境
そしてかつて自分が討ち取った亡霊に悩まされる


「補陀落(ふだらく)渡海記」
熊野の浜ノ都海岸にある補陀落寺
上人が行きながらに船に乗って補陀落渡海する…いつかこれが慣わしに
決して掟があるわけでもないが、その番が巡りに巡って来てしまった61歳の住職金光坊(こんこうぼう)
僧侶としていつしかそういう時が来たら…という心構えがあったものの、世間から固められた感に不満を抱く
いよいよ時が迫る
歴代の渡海した上人らを思い、一人一人の振る舞いを振り返る
立派に務めを果たすものも、死が近くそれなら。と渡海する者、最後まで受けれられない者…
彼らの顔を思い浮かべると
自分はそのどの一つの顔になるのも厭だった
が、さらに時間の経過と渡海が近くなるにつれ
そのどの一つの顔でもいいから、自分がそれになりたいと思うように
自分の眼にも補陀落の浄土が見えてきたらどんなにいいだろう…
金光坊の心境の変化が見もの
「死ではない」とはいえ、目の前にすれば住職もなにもないただの人
恐怖と最後のあがき…
みっともないながらに人間らしさがえがかれる
住職とはいえ偽善さはなく、赤裸々な心情が語られ、しっかり入り込めるストーリー


「小磐梯」
磐梯の噴火に伴うストーリー
素朴な人の営みが一瞬にして現実を奪う

「北の駅路」
未知の人から突然書物が送られてくる
「日本国東海道陸奥州駅路図」という書
驚きと好奇心が抑えられない
そして楽しく遊んだ著者

送ってきた人物から追って手紙が届く
彼のなかなかうだつの上がらない、堕落と言っても良い半生が語られる
目的は金の工面だったのだが…


国内モノもなかなか
「補陀落渡海記」いいですねぇ
井上靖作品はいつも尾を引く感じの読了感が好み

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年5月1日
読了日 : 2023年5月1日
本棚登録日 : 2023年5月1日

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