- Amazon.co.jp ・本 (314ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000228237
感想・レビュー・書評
-
性淘汰にスポットライトをあてた進化心理学の古典の一つ。2000年に原著が書かれた。
性淘汰は自然淘汰と異なる。自然淘汰はランダムで進化の方向性は行き当たりばったりである。一方で性淘汰は、より人為的な品種改良に近いプロセスである。一度性的に装飾形質として好まれるようになると、その形質は限界に突き当たるまでエスカレートしていく。
筆者は人間の脳、言語、道徳、芸術といった、人間固有と思われるような特質は、自然淘汰ではなく性淘汰によって発生したと考える。というか自然淘汰で発生したと考えるには、あまりにも高コストで役に立たたないからだ。
この問題を最も際立たせるのが、脳の進化した時代背景である。脳は250万年前から10年前までに3倍の大きさになったが、しかしこの期間で明確な脳の用途は見つかっていない。脳が役立つようになったのは10万年よりも最近、サピエンス全史では認知革命と定義される、10万年以降におきた変化からである。しかし自然淘汰は、生存に役立たない形質を進化させることはない。そもそも人間以外に地球上のどの生物もこれほどまでに高コストでエネルギーを消費する巨大な脳を進化させていることはない。現在の知識からみると、これほどまでに有用な脳を進化させることは極めて合理的に思えてしまうが、しかし数百年前の人類にとって、巨大すぎる脳は単なる金食い虫でしかなかった。その状況で自然淘汰が脳を進化させるとは考えられない。そこで筆者が持ち出すのが性淘汰だ。
人間の言語、ユーモア、芸術、その他脳によって生み出される特別な何かは、すべて配偶者へのアピール、性的装飾形質として進化した。これが筆者が一貫して本書で主張する仮説である。
その性淘汰を筆者は3つのプロセスに分解している。
一つはランナウェイ理論、感覚バイアス、そして適応度指標による好みだ。
<ランナウェイ理論>孔雀の尾羽のように、一度それが性的に魅了する性的装飾形質として扱われるようになると、その長さは限界まで際限なく伸びていく。尾羽の長い雄を好む雌は、より尾羽の長い子どもを産み、この形質はより強調されていく。
<感覚バイアス>古くは別の用途があった感覚受容器の好む刺激パターンが、性的にアトラクティブな形質としてみなされるようになる。
<適応度指標>適応度の低いライバルには持つことのできない特質、それが周囲に対する自身の適応度の喧伝になる。適応度の低い、余裕のない個体にはその指標をアピールすることができない(コストが高い)。だから信用に足る指標になる。
これらのうちで、ランナウェイ理論は有用であるものの、基本的には一夫多妻制のもとでなければ進化がおきない。また無目的である。感覚バイアスだけで説明するのは無理がある。筆者が一番重視しているのが適応度指標である。この考えでは、ウィットに富んだ会話、信頼性のおける道徳性、作成に多大な修練とコストがかかる芸術、こういったものは、すべて自身の適応度を周囲にアピールするためのものであり、より優れた配偶者を探すことがこれの進化を促進していった。
ザハヴィによるハンディキャップ理論にも多くを負っている。
最近の進化心理学の本を読むと、本書で提示された仮説のいくつかは自明のものとして扱われ、またいくつかは全く顧みられていない。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
1章:セントラルパーク
本書の基本的な立場表明となります。ミラー先生は人間の脳と複雑な心を自然淘汰で解こうとすると、3つの困難にぶつかるといいます。1.脳と心が生存に有利だったとするなら、なぜほかの種にも(眼のように)発生しなかったのだろう?という問題。2.脳がおおきくなった時期とそれがやくだつ時期がずれていること。3.ユーモア、美術のような人間に特有な形質は、生存に役立ったようにみえない点。適応は自然淘汰か性淘汰のどちらかしかなく、自然淘汰で解けない謎は性淘汰で解くしかありません。いまから解いてやんよ。という章。
2章:ダーウィン非凡さ
ダーウィンは性淘汰に気づいていたが、周囲の学者がその知見の価値に気づくのは100年遅かった。という歴史についてのお話。まあ、どうでもいいかな、という感じです。この本は同業者に対する啓発が多く、その一つです。ダーウィンをみならいたまえ。
3章:脳のランナウェイ進化
ランナウェイ過程について解説。ランナウェイ過程こそが心の進化を解明できるのです…ということはなく、ランナウェイは興味深いものの心の進化の解明には使えませんよ。という章。ランナウェイ過程についてはただしく理解できているかどうか自信がありません。なので、その内容についてはキミじしんの目で確かめてみてくれ!
ランナウェイ過程が脳と心の進化の解明に使えなさそうな理由は、人間が「ゆるい一夫多妻制」であったこと、ランナウェイ進化にしては進化のスピードがおそすぎること、男女の知能や生殖行動ににおおきな差が認められないこと、だそうです。
男女間の差異が少ない理由として、ある形質とそれを好む形質は遺伝相関すること、相手の心を惹くためには相手の心をあるていど持っていた方が有利だろうとこと、人間は男女ともに長期的な関係を見据えるときはえり好みをすること、が挙げられます。さいごの男女双方のえり好みはランナウェイ過程を働かせなくなるので、けっきょくランナウェイは使えない、というところでこの章はおしまい。
4章:恋人にふさわしい心
適応度指標と突然変異について。3、4、5章は性淘汰を論ずるための理論を順番に紹介していくのですが、むずかしくてけっこうつらい。
適応度とは、その個体がどのていど生存し繁殖する度あいのことで、適応度指標は適応度を宣伝する形質のことだそうです(たぶん)。突然変異で重要なのは、基本的にこの適応度を低下させるという点です。有性生殖は遺伝子をまぜることで限定的とはいえ有害突然変異をおさえ(=優性遺伝)ることができます。
さて、遺伝子は自身を存続させようとします。ひっきょう、個体は突然変異のすくない遺伝子をもつ異性をもとめます。突然変異の量を知るには、突然変異の影響がでやすい部位を参照すればよさそうです。脳は複雑な機関ですから、多数の遺伝子がかかわっているでしょう。関わる遺伝子の母数がおおいにも関わらず、それが適切に機能しているなら、その個体は突然変異が少ないとみなせるでしょう。というわけで、脳は適応度指標として進化したのではないか、という仮説にいたります。
脳や心は生存のためには基本的に無駄がたくさんありすぎるそうです。ですが、その無駄のおおさこそが、適応度指標である証拠となります。無駄なことにエネルギーをさくことができる個体は、ハンディキャップを負っています。そのハンディキャップによって適応度を信頼させられるからです。
5章:装飾の天才
感覚のバイアス理論についての章。適応度指標を測定する手段としては感覚に頼らざる得ないわけですが、感覚にはバイアスがあります。そのバイアスを考慮すれば性淘汰の方向を予測できそうだ、とのこと。また、バイアスがあるからといってでたらめに装飾形質が選ばれるわけではなく、バイアスの影響をうけつつもじっさいの適応度をも量っているはずだ、とミラー先生はいいます。たとえば快楽という感覚を満足させるには複雑な脳が必要なはずで、それは適応度の低い個体にはむずかしいでしょう。
いままで説明してきた、ランナウェイ過程、適応度指標、感覚のバイアスの3つは排他的な関係にあるのではなく、その3つを組み合わせるべきなのです。
章の最後に、性淘汰が自然淘汰にできないこと――複雑な形質を進化させることをやってのける可能性についてふれられます。一般に、量的なつみかさねが臨界点を超えることで質的な変化がおこるわけですが、自然淘汰はそのような進化を起こしそうにありません。自然淘汰はそのようなコストだけかかる形質は淘汰してしまうからです。ですが、性淘汰はそのコストを「セクシーに見える」という理由だけで残し、質的な変化を可能にするのです。
6章:更新世の求愛
人間の進化を論ずるにあたって重要なのは更新世です。というのも、人間の進化はだいたいここで終わっていて、心も更新世への適応だと考えられるからです。更新世における男性と女性の関係は、だいたい3か月以上(女性が妊娠がするまでの最低期間)~数年未満であり、出会っては別れてをくりかえす「連続的な一夫一妻」だったとされています。人間の性淘汰はそのような環境で起こりました。
一夫一妻で性淘汰は起こるの?という疑問が湧きますが、起こるそうです。男性と女性がだいたい同じ適応度どうしのペアを形成するので、適応度の低いカップルの子どもは低い適応度を受け継いでしまい、すぐ死んでしまうからです。でも適応度指標の進化は起こらないでしょ?という疑問が湧きますが、起こるそうです。たがいの適応度はなんらかの指標で測るしかない以上、より適応度の高い異性とつがうことのできる適応度指標を誇示できる個体が有利になるからです。このような適応度マッチングは性差のない適応度指標――たとえば人間の心とか――の説明に適しているといえます。
¶
つ、つかれた。性淘汰で人間の心を解明する、という本書のこころみは、この本の出版時点では挑戦的なアプローチだったからか、ミラー先生は仮想敵のつっこみを先回りして慎重に書いているようですね。なので、こういうふうに長くなってしまうのではないでしょうか。
なにより問題なのは、上巻である本書はこれからの記述の土台作りにすぎないということです!下巻もがんばって読もう! -
人は何を基準に恋人を選んでいるのか。人を魅力的に見せる、身体・装飾・言語・美術・スポーツ・道徳性・創造性といった、深く人間性に関わっている特徴は,どうして生まれてきたのか。自然淘汰の理論ではどうにも説明がつかなかったこれらを.恋人選びという視点に拠りつつ,ダーウィンに提唱されながらも省みられなかった性淘汰理論で、長年の進化の謎を解き明かす。前半部は良質の性淘汰理論の総説。
――2009/08/31 -
// -------------------------
// 1.セントラルパーク
// -------------------------
・類人猿─彼らはどうやってニューヨーカーに変身したのだろうか?
・心は問題解決にのみ最適化されたわけではない。性淘汰を忘れるな>認知科学者
・今まで、進化心理学は性的な好みを進化の原動力ではなく、進化の結果と見なしてきた。が、それは違う。人間の心は月の光のもとで進化した。
・進化心理学の武器は2つ。生存上の有利さによる自然淘汰と繁殖上の有利さによる性淘汰。但し、広義の自然淘汰は性淘汰を含む。
・大きな脳を持っている生物は少ない。大きな脳がそんなによいものならば、すべての動物の脳が大きくなっていってもおかしくはないのになぜだろうか?
・人間の脳の巨大化と、心の進化は時間的に相関していない。なぜか?
・ウィットや寛大さ、宗教、文化などは生存上の有利さが説明できない。なぜこれらは進化の過程で発生したのか?
// -------------------------
// 2.ダーウィンの非凡さ
// -------------------------
ダーウィンは自然淘汰と性淘汰の両方を発見したが、世間からは自然淘汰のみが受け入れられた。ダーウィンは性淘汰を主に研究した。性淘汰の理論はダーウィンから100年近く顧みられることはなかった。
あのフィッシャーは性淘汰の重要性を見抜いていたが、当時それを理解できる人材は物理学に持っていかれており、生物学にはカスしかおらず、フィッシャーもまた理解されるまでに30年の月日(1958年)が必要だった。そして20世紀も終わりにさしかかった頃、ようやく性淘汰は生物学において脚光を浴びる分野となった。
// -------------------------
// 3.脳のランナウェイ進化
// -------------------------
ランナウェイ進化とは、性淘汰による進化が、正のフィードバックループの中でカオティックな振る舞いを見せること。
一見人間の脳の進化を考える上でランナウェイは有効に見えるが、実は人間の脳の進化はランナウェイにしてはゆっくりすぎる。別のプロセスを考えるべき。
また、ランナウェイは性差を大きくする方向に機能するが、人間の雌雄間で脳の質量やIQの差はない。
文化的要因と進化的要因が複雑に絡まっており、結論として何かを言えるだけの十分な証拠はまだない。
筆者は相互的な配偶者選択が、人間の脳の進化をドライブしてきたと考えている。
// -------------------------
4.恋人にふさわしい心
// -------------------------
有性生殖は、突然変異によって生じた損害を封じ込めるために出現した。
進化は長期的に見れば勝者が総取りするゲームである。平凡な子どもをたくさん作るよりもうまくいくチャンスの多い子どもを少数作る方が重要。
であるならば、恋人をランダムに選ぶのは愚かなことだ。
人間の心の能力は、性淘汰における適応度指標として進化してきたのかもしれない。(健康な脳理論)
適応度とは何か?
// -------------------------
5.装飾の天才
// -------------------------
// -------------------------
// Ⅱ巻へ続く
// -------------------------
6.更新世の求愛
7.からだに残された証拠
8.誘惑の技法
9.育ちのよさの美徳
10.シラノとシェヘラザード
11.恋人を口説くためのウィット -
和光469//84-1 2F
-
ダーウィン以来の性淘汰の歴史から、ランナウェイ淘汰、ヒトの祖がどうやって性的パートナーを選んできたか、みたいな話。動物のことはいいのでヒトのことをもっと書いて欲しかった。