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Amazon.co.jp ・本 (151ページ) / ISBN・EAN: 9784003101292
みんなの感想まとめ
人間の多様性や生の繋がりを深く掘り下げた作品は、様々な立場や才能を持つ主人公たちが環を成しながら描かれています。再読を通じて、登場人物の生々しさや人間らしさを再認識し、彼らの物語がどのように繋がってい...
感想・レビュー・書評
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1991/3/8
2025/6/11再読
松岡正剛の「日本数奇」を読んで改めて読み直したくなった「連環記」
文庫購入時(91/3)以来だから34年ぶり。
内容の記憶はあまり残っていなかったけれど、今回読み直してみると人それぞれの才能や立場等は様々あれども、それ以上にやはり一人ひとりが生身の人間なんだなと思う。
全体の流れの印象はタイトルのように様々な主人公それぞれが繋がって環をなしているような印象。
一緒に収められている「プラクリチ」は比丘尼の発端となった物語でこれもいろんな思いが浮かんでくる話だった。
人の平等を説いているような釈迦の教えの元でも、それ以前の社会の階層が大きく尾を引いている状況と、それを克服すべく平等を唱えながらも平民と僧の間に生み出された新たな階層の違いがもたらす人間の実態を教えてくれる。
古代ギリシャの民主政も奴隷制度が前提の仕組みだった。
ここでの釈迦の教えもはじめは女性を埒外にした内容だった。
生まれや育ち、言語、環境によって古代からの人間社会に生じていた差別・区別を宗教は解消しようとしたのかもしれない。
でも教えを信じるか否かで同じ人間同士を別の視点で区別したのもやはり同じ宗教なんだろうなと思う。
さらに言えば同じ生きもの同志の間に境界を設けたのも特定の宗教なのかなと思う。
動物達の何げない姿を見て人間みたいだという人は多いけれど、彼らが人間らしいのではなく、人間が彼らの感覚をそのまま受け継いでいるから。
哺乳類の子供を見ていて可愛らしく感じても、昆虫の子供(芋虫や毛虫)には親近感がわかないのも人間はあくまでも哺乳類の末裔だから。
そう考えると言葉や意思の力で優位に立っていると勘違いをしている人間も所詮は彼ら諸先輩の後を追っているに過ぎない。
それら自然な感覚をも無視・拒否する人間がいる現代が果たして古代より進歩しているのかどうか…。
岩波文庫 1991/2/18 1刷詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
プラクリチ、連環記の2篇。プラクリチは直前に読んだ鳥の物語で同じテーマを扱っていたので何とか読めた。連環記は平安時代の僧の話。仏教や経典を題材にしたものは余り趣向に合わず、読みづらく感じた。難しい。幻談や五重塔の方が趣味に合ったなあ。
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露伴晩年の中篇。慶滋保胤(陰陽道の賀茂氏)を軸に古典を渉猟・註解するような形で物語を展開させる。
言い回しに、あれ高村薫、あれ町田康、あれ赤松啓介と気づくところがある(あくまで自分の知っている範囲で恐縮)。直接かは知らんが、何がしかの影響を与えているのだろう。
味わいはあるのだが、何の味か言い当てられない感じ。悟っているというには俗っぽいが、鳥瞰的に登場人物の生をみて超然としている。「プラクリチ」併収。 -
表題作『連環記』と『プラクリチ』が収録されている本。
『プラクリチ』の冒頭の恋愛とは何か、ということが書かれている部分がとても素敵だと思った。
内容はどちらも難しい。
理解できるだけの教養がないな、と反省した。
それでも何度も読みたくなるのは、きっと途中の描写が面白いからだと思う。
教養が高い内容なのに、描写はすごく身近なものを使っているのが可笑しかった。 -
たった76pなのに、壮大な絵巻物を眺めてるみたいだった...
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983夜
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