雨夜譚(あまよがたり): 渋沢栄一自伝 (岩波文庫 青 170-1)

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  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003317013

作品紹介・あらすじ

激動の幕末維新を背景に、大実業家・渋沢栄一(1840‐1931)が疾風怒涛の青春を語る自伝。尊攘倒幕の志士→徳川家家臣→明治政府官僚と転身を重ねる著者の生き方は鋭い現実主義に貫かれた魅力をもち、維新変革をなしとげたエネルギーが生きいきと伝わってくる。実業家時代を概観した「維新以後における経済界の発達」を併収。

感想・レビュー・書評

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  • 再読。渋沢栄一というと「日本資本主義の父」と呼ばれた近代の実業家・・・というイメージが強いですが、何を隠そう(隠してない)元は幕末の志士。昭和6年(1931)まで長生きされていますが生まれは天保11年(1840)幕末の有名人でいうと高杉晋作が天保10年生まれ、久坂玄瑞が天保11年生まれなので同年代。澁澤龍彦とは遠縁にあたるのも有名な話(栄一のお父さんの長兄が龍彦の曽祖父・・・かな?)本書は栄一が還暦を前にした50代の頃に身内の集まりで数回に分けて語った内容を弟子が筆記したもの。

    実家は現在の埼玉県・血洗島村の農家。まあ農家といっても藍玉の買い付けもしていたりして半分商家みたいなところもあったようですが、お父さんが出来た人で子供の頃から勉強させてもらい、ペリーが来て世の中が騒がしくなって数年、22才で一念発起して親を説得、江戸へ出て草莽の志士として活動を開始。そうこうしているうちに知り合った一橋家の用人・平岡に気に入られて一橋家に仕えることに。当時の一橋家当主はまだ将軍後見職時代の慶喜。これがのちに最後の将軍になってしまったため、尊皇攘夷=倒幕しようと活動していたはずの栄一は結果のちのち長く徳川家のために奔走するはめに。

    しかしとりあえず農民から士分に取りたてられ、どこに配属されても持ち前の才覚で上司に信頼されぐんぐん出世、慶喜が将軍になったあとは徳川昭武(慶喜の実弟)のパリ万博→留学の随員として欧州に渡りあれこれやってるうちに日本では幕府がなくなり明治政府ができてしまったので呼び戻されて帰国。戻ってきたら江戸が東京になり幕府が潰れて明治になってたというのは一種の「幕末留学生あるある」(笑)

    帰国後、新政府に請われて大蔵省に出仕。当時の上司は大隈重信と伊藤博文。のちに大久保利通と井上馨に交替するが、栄一は大久保利通とは相性が悪かったようで悉く対立、あと西郷さんや板垣退助などについても、政治はできるが経済のことはわかってないという評。なるほどね、やっぱり元が武士の人たちは経済のことには疎かったのかもしれないですね。半農半商のような家に育った栄一は少年時代のエピソードからも商才があることがわかるし、要は適材適所。

    大蔵省というのは当然日本という国の「財布を握っている」わけですから、いろんな省から「○○買いたいから○円ちょうだい」と言ってくるのを「そんなに出せない、△円でなんとかしろ」等と突っぱねることも多く、結果政府首脳陣との対立は深まるばかり。苦手な上司(大久保)が岩倉使節団で渡欧してしまった後は井上馨(当時はまだ木戸孝允も存命だし井上馨もそれなりに真面目で一生懸命だったんだな)と一緒に頑張ったけれど、結局二人ともブチギレて辞職、自伝はここまで。

    なんというか、有能なのはもちろんのこと、倒幕したくて色々やってたのに結局なりゆきで仕えることになった慶喜や昭武のために幕府がなくなってからも色々世話焼いてあげたりしちゃうところがいいなあ。人情家というよりは生真面目だったのだろうか。実業家だけれど個人の利益ではなくあくまで公益を追求していたところも偉い。「維新以後における経済界の発達」併録。

  • 渋沢栄一の自伝的著作。渋沢栄一が自身の歴史を語り、弟子がそれを書いてまとめたものである。

    明治時代の自伝としては福沢諭吉の福翁自伝が有名だが、それに劣らない面白さがある。

    福沢諭吉が「封建制度下では、上の者は傲慢に、下の者は卑屈になる」とを批判していたが、渋沢栄一も同様の批判をしている。

    渋沢栄一の自伝が面白いのはそんな封建主義的な時代に、近代的な理性を持った人間が、その中で葛藤して道を切り開いていくからだろう。

    私は大河ドラマを見ていないが見たくなった。(その前に論語と算盤かな。。)

    雨夜譚が扱っているのは渋沢栄一の出生から大蔵省退官まで。

    併録されている「維新以後における経済界の発達」という維新後の渋沢栄一の仕事が語られているのも興味深い。

  • 栄一の少年時代から明治6年に大蔵省を退官するまでを、栄一が口述したものを弟子が筆記したもの。

    とつとつとした語りで、攘夷論に高ぶる空気や、高崎城焼き討ち計画、一転京都での一橋家仕官、そこでの仕事などが詳しく語られている。一橋家で兵を整える案が通り領地の備中などで隊員を募るもなかなか集まらず、村の学者と話し剣術家と手合わせするなどして隊員を集める話や、フランスへの随行中に随身の幕臣と水戸家で意見が違うと仲裁してうまく収める。そのやりかたがうまい。どちらも納得するようにしてはいるのだが、基本はけっこうバッサリ、いやなら帰ってもらえばよろしいのです、というのが基本姿勢。

    明治2年10月から明治6年5月まで政府に出仕し租税、大蔵関係で働くが、「量入為出の方針により各省経費の定額を設けその定額により支出の制限をさだめようとした」「理財の要務は、まず第一に大蔵省において国庫の歳入総額を鮮明に調査したうえで政府は歳出を議定すべきものであるが」各省から政費を請求するのが多くなり特に司法省、文部省が「激請」するのを拒否、だが政府は許可、という事態に辞職。今の各省の財務省への予算ぶんどり合戦はもうこの時に始まっていたのだなあ。

    仕事の話が中心。父の話は出てくるのだが、妻子の話は2,3行あるのみ。京都での一橋家時代、上司が芸者を夜の伴に配したのを、こんなつもりで仕事をしているのではないと部屋を飛び出した、と語っている。その後「渋沢家三代」を読むと、京都・祇園の名門のお茶屋が孫敬三とは昭和8年頃からのつきあいだ、というくだりで、「この店は幕末からつづいていて、なんでも栄一さんがその頃からひいきにしていたそうです」という話がある。

    この口述を読む前に「渋沢家三代」をちょうど明治に仕官するまでを読んでいた。なので事項をより詳しく確認する形だったのだが、この「雨夜譚」を読んだ後、「渋沢家三代」を最後まで読んだ。息子、孫だと、偉大な栄一の影響が大きく影響している。基本父を愛してはいるのだが、うまくゆかなかった。

    口述は、栄一自身からみた栄一の生き方。表の栄一の姿。家の中、妻や子からみるとまたまったく別な人なのかもしれない。



    1984.11.16第1刷 図書館

  •  渋沢栄一の回顧録。渋沢栄一の幼少時代から大蔵省を辞職するまでのさまざまな経験が語られます。(第一国立銀行にはじまる実業界での活躍は含まれません)

     この本で面白いのは、なんといっても人生の大転換です。尊攘倒幕に命を懸けると意気込んでいた青年が、反対に一橋家の家臣となり、幕府の衰亡したあとは大蔵省、そして実業界へとめまぐるしく変転する。それは、時代の流れを糧として自分を作り上げ、多大な功績を遺したと言うこともできるでしょう。
     一人の偉人の人生を通じて、時代の激動ぶりが感じられます。

    もうちょっと中身に踏み込んだメモ:http://dolce-sfogato.hatenablog.com/entry/2016/02/18/185217

  • 1. 概要
    渋沢栄一が講演会で述べた生い立ちをまとめた本。本人談の貴重な内容となっている。

    2. 感想
    論語と算盤を読み、渋沢栄一についてもっとしりたくなったために手に取った本。

    勉強不足から渋沢栄一という人物について知識がなくとても興味をひかれたのだ。

    この本では、渋沢栄一が子供の時からどのような生き方をしてきて、幕末から明治までの激動の時代にどのような人生を送ったかを知ることができる。

    1人の人間としてとても尊敬できる方だ。今まで知らなかったことが恥ずかしい。

    さて、渋沢栄一という人物は、近代日本を語るうえで避けては通れない人物だろう。あらゆる大企業の発足に関係している。

    読みながら感じた渋沢栄一という人物については、質実剛健で実直である反面、納得のできる意見には柔軟に耳を聞き入れるバランス感覚のとても優れた人であるということだ。また、歴史の行く末に対して先見の明を兼ね備えており、それに対する実行力もずば抜けている。マネジメントする上では、しがらみなどは無視して適材適所を貫く、自分より優れいている者を登用する見識の広さ。

    内には「剛」と「柔」が共存し、時代や人を見抜く「目」があった人物ということがひしひしと伝わってきた。

    幕末から明治に生きた人物としてもう少し注目されてもいい人物だ。


    3. 総合評価

    近代日本の発展、その中で活躍した人物の熱い思想や行動力、その時の感情などを知りたい人にはぜひおすすめしたい一冊だ。

  • ■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
    【書籍】
    https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/0000021699

  • 大河ドラマを観て渋沢栄一の生涯をもっと詳しく知りたいと思った方にオススメです。

    所蔵情報:
    品川図書館 289/Sh21
    越中島図書館(「日本人の自伝」1巻に収録) 281.08/N 1/1

  • 渋沢栄一が話したことを聞きとったものである。話しとして面白いので、このまま大河ドラマのストーリーになっている。すべての足跡を説明しているのではなく、自分の青年期で、徳川から明治の移り変わりのなかでどのように行動したかを描いたものである。

  • 渋沢栄一版の福翁自伝的な本。口述が昔のままだからとにかく読みにくくて内容がほとんど伝わらなかった。久々途中で断念しそうになった。現代版にやさしく編集し直した本がもしあったら改めて読んでみたい。

  • 2021年2月ドラマ化
    摂南大学図書館OPACへ⇒
    https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB99725834

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著者プロフィール

渋沢栄一:1840(天保11)年2月13日、現在の埼玉県深谷市血洗島の豪農に生まれる。幕末はのちの将軍・徳川慶喜に仕え、家政の改善などに実力を発揮し、次第に認められる。 27歳のとき、慶喜の実弟・昭武に随行し、パリの万国博覧会を見学するほか、欧州諸国の実情を見聞し、先進諸国の社会の内情に広く通ずることとなった。帰国後は「商法会所」を静岡に設立。その後、明治政府に招かれ、のちの大蔵省の一員として国づくりに深くかかわる。1873(明治6)年に大蔵省を辞した後は一民間経済人として活動。第一国立銀行の総監役(後に頭取)として、同行を拠点に、株式会社組織による企業の創設・育成に力を入れた。また、「論語と算盤」として知られる「道徳経済合一説」を説き続け、生涯に約500もの企業にかかわった。さらに、約600の教育機関・社会公共事業の支援や民間外交に尽力。実業家のなかでは最高位となる子爵を授爵する。1931(昭和6)年11月11日、多くの人々に惜しまれながら、91歳の生涯を閉じた。

「2024年 『渋沢栄一 運命を切り拓く言葉』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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