サラゴサ手稿 (中) (岩波文庫 赤N519-2)

  • 岩波書店
4.15
  • (7)
  • (9)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 175
感想 : 14
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (442ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003751343

作品紹介・あらすじ

「僕は貴族の生まれです。下僕には身を落とせません」──スペイン山中で族長がアルフォンソたちに明かす波瀾の半生。シドニア公爵夫人の秘密、厄介者ブスケロスの騒動、神に見棄てられた男の悲劇など、物語は次なる物語を生み、時に語り手も替えつつ、六十一日間続く。ポーランドの鬼才ポトツキが残した幻の長篇、初の全訳。(全三冊)

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 騎士アルフォンソの手記の中に、彼に物語る人々の語りが入れ子入れ子で組み込まれていく物語。
    語る人々は、幽霊だか人間だかわからん美女、ジプシー族長、カバラ学者、悪魔に取り憑かれた狂人、政略渦巻く上流社会に属する人々、神に見捨てられた巡礼者、人のゴシップを掘り出しのし上がる厄介者…。彼らも民族も宗教も、キリスト教徒、ユダヤ人、スペインのイスラム教徒など多岐にわたる。
    出てくる人たちはなぜか美男美女ばっかり(笑)。特に男性陣は「盗賊」「ジプシー老人」と書かれているので野性的なおっさんを想像していたら「美しい男」だの「少年の頃女装して人を騙してた」とか、なんかお耽美な人たちだな 笑

    彼らが語る内容も多岐にわたる。地方に伝わる伝説、幽霊や化け物の伝奇譚、ロマンス、宗教の教え、宗教の違い、カバラ学術と哲学(カバラのほうが上位で哲学者と言われるのは心外らしい)、旅の楽しさ、地方の歴史、色ごと、政治工作…。直接は語られないのだが、アルフォンソが滞在している山間の自然描写も良い。


    【第三デカメロン】(21日目〜30日)
    アルフォンソは、エミナとジベデの存在を近くに感じながらもジプシー一団のもとに留まる。カバラ学者の妹レベッカは、天上のお告げよりも現世を大事にしたいと、カバラ秘術の勉強を辞めるといってジプシー一団に合流する。
    二人はジプシー族長の話を楽しみにしている。
    「第三デカメロン」は、ジプシー族長が語る話、の中に出てくる人から聞いた話、の中に出てくる人が語る話、と、入れ子入れ子入れ子方式。しかも話に出てきた人たちが「実は繋がりがあった」ことが判明するので、読者としては、自分が誰が誰に語った話を読んでいるのか把握していないといけないんですよね。

    ❐ジプシー族長:
     異端審問に掛けられそうになったアバドロ少年(後のジプシー族長)は修道院から脱出する。大人たちがうまく取り計らってくれて二年間の謹慎で済むことになったので、物乞い少年としていたずらと自由の日々を謳歌することにした。
     彼の考えでは「貴族の生まれである自分は、他人の下僕にはならない。物乞いは自分の身分を汚すことのない稼業だ。」物乞い少年時代の名前はアバリト。
     以下はジプシー族長が出会った人たちから聞いた話。

    ❐シドニア公爵夫人:
     (過去)両親の代から、自分の幼い頃の話。自分の乳母ラ・ヒローナ、その息子エルモシトとの幼年時代。父の親友シドニア公爵と結婚したが、エルモシトとの不義を疑われてしまったこと。
     (話当時の現在)シドニア公爵はエルモシトを殺し、ラ・ヒローナがシドニア公爵を毒殺したこと。

    ❐女好きのトレドの騎士:
     物乞いアバリト少年(ジプシー族長)の利発さを気に入り小僧として使う。目下の恋人はウスカリツ夫人。だが親友が死に、その亡霊から警告を受け、修道院に籠もった。

    ❐貿易商の息子ロペ・ソアレス:
     (過去)貿易商のソアレス家と、銀行家モロ家の因縁話。祖父の時代から、なんかギャグですか?というような行き違いすれ違いを繰り返している。
     (話当時の現在)しかし自分が恋したのはモロ家の娘イネスだった!そんなとき押しかけ従者(?)ブロスケスが現れたこと。

    ❐ブスケロス:
     人の秘密を探りみんなに言いふらすことを何よりとして、そして成長した今は金持ちの太鼓持ちになり楽して暮らそうとしている。
     彼の話は相当イライラするんだが、案外周りの人たちは便利に協力を求めている。「仕える」と言いながら偉そうで集ってくるやつってこの時代にそれなりにいたのかな。

    トレド騎士が受けたと思った亡霊からの警告は勘違いだと分かり、トレド騎士は張り切って女遊びの道に戻ってくる!
    トレド騎士やブスケロス達の仲立ちによりロペ・ソアレスと、イネス・モロは結婚することができた。
    多くの人のおせっかいお芝居が真面目に不真面目に大袈裟というか、まあこの時代は他人へのおせっかいにより社会が成り立っていたんだな。

    【第四デカメロン】(31日目〜40日目)
    アルフォンソは、シャイフの手下たちが自分を取り囲み、みんなで自分をイスラム教徒に回教させようとしてないか?と思いながらも、まあ豪胆で若いので現状をそれなりに楽しんでいる。
    シャイフとゴメレス一族のまとめ。
     スペインのイスラム社会のシャイフ(宗教的・公共的な長老・首長)は、秘宝を守っているという噂がある。シャイフを守る主だった一族の一つがゴメレス一族で、シャイフの秘密を守っている。アルフォンソの母もゴメレス一族の出身。そして現在アルフォンソに近づいているのはエミナとジベデという二人の美女。
     盗賊ゾト、ジプシー族長も、シャイフを守る一団のメンバーらしい。ユダヤ人のカバラ秘術研究ウセダ一族もシャイフ一団に関係あるみたい??

    そんなアルフォンソと、カバラ秘術研究を辞めたレベッカは、ジプシー一団のキャンプにいて、族長の話を楽しんでいる。
    以下族長の話。

    ❐フラスケタ・サレロ、またはドニャ・フラスケタ・カブロネス夫人、実はもう一つの名前がある。(ブスケロスが、彼女から聞いた話をトレド騎士とアバリト少年に話す):
     (過去)独身時代の話。アルコス公という女装が似合う公爵に求愛されたこと。
     (話当時の現在)それぞれ結婚したが、まだ会ってるってこと。だってフラスケタ・カブロネス夫人の夫は、隣の御夫人を信頼して目付役にしたんだもの。その御夫人がアルバロ公その人だって気が付かずにね!
     …なんか楽しそうだな(笑)。
     他の人の話で、夫は自分の妻が不義を「疑われた」というだけで、自分の名誉をなくされたとして妻を追放する事が出てくる。それならお互いに結婚してるけどじ、女装した恋人と夫の前でデートするの★って、むしろ前向きだ(笑)

    ❐フラスケタの夫のカブロネス氏(ブスケロスが、彼のことをトレド騎士とアバリト少年に話す):
     妻にベンナ・ブロスという伯爵からラブレターが届き気が気でない。そこでベンナ・ブロス伯爵殺害を依頼したが、その幽霊に悩まされる。でも実はベンナ・ブロス伯爵やら殺し屋やら司法官やらは、アルバロ公がカブロネスを錯乱させるために仕掛けた<観念的存在P233>だった。しかもカブロネス氏が見たと思った幽霊は、実はたまたまそこに現れたブスケロスで、この出来事によりブスケロスとフラスケタ・カブロネス夫人が知り合った。

    ❐カブロネス氏が知り合った、神に見捨てられた巡礼者のブラス・エルバス(ブスケロスが、彼のことをトレド騎士とアバリト少年に話す):
     父のディエゴはすべての知識を100巻の書に記して出版して有名になろうとしたが、ギャグのような不運続き、いや本人には大真面目なんだが、とにかく肝心なところで行き違いまくってその書物は破壊された。ディエゴは無神論者になり自死した。<人々は、われに霊があると言い、われは肉体を犠牲にしてまで、その魂と取り組んだ。(…中略…)あとには何も残らないだろう。われはこのまま亡びる。生まれてこなかったの大人軸、世に知られぬままで。虚無よ。お前の餌食を受け取るが良い。P271>
     息子のブラスは、サンタレス家の未亡人イネスと二人の娘セリアとソリアと知り合う。そして「ゲヘナのベリアル」といういかにも怪しい名前(地獄の悪霊、みたいな)を名乗る貴族に気に入られ金やら媚薬やらをもらう。まあ想像通りの展開になり、ブラスは悪魔に魂の契約をしてしまう……
     …と思ったら、天使が現れ「神に見捨てられた印を持つ者を救いなさい」と言葉をくだされる。
     だから巡礼になった。そしてカブロネス氏に「神に見捨てられた印」を見つけた。昔救ったトラルバ騎士分団長の話をして、カブロネス氏にも巡礼を勧める。
     …あれ?ベンナ・ブロス伯爵に取り憑かれているようなこと言っているけれど、ブロス伯爵って「観念的存在」じゃなかったっけ(ーー)??

    ❐トラルバ騎士分団長:
     巡礼守護隊にいた頃の風習とか、国によって兵士の気質の違い。遊ぶ女性を巡ってフールケールという男を決闘で殺したが、彼の亡霊に取り憑かれてしまった。ブラスが彼を巡礼に行くように説得し、亡霊から解放された。良かったね。
     ※なおこの話は、トラルバ分団長が神に見捨てられた巡礼者に話し、その話を神に見捨てられた巡礼者がカブロネスに話し、その話をブスケロスがトレド騎士とジプシー族長に話し、その話をジプシー族長がアルフォンソたちに話している、という状況です。本文でも<トラルバ分団長はここで話すのをやめた。いやむしろ、神から見捨てられた巡礼者が、ここで運団長の話をカブロネスに語るのをやめたのだ。そして巡礼者は次のように、自分自身の物語を続けた。P331>って書いてある(笑)。わけわからんかもしれないけれど、これが案外読みやすいってどういうことよ(笑)

    ここまでで、トレド騎士の恋人ウルスカツ夫人が、実はフラスケタ・カブロネス夫人だと明かされる!!
    カブロネス氏は巡礼で死んだ。未亡人フラスケタ・カブロネス夫人はスペインのサラマンカで暮らし、女装の恋人アルバロ公はロンドン大使になった。(ん?別れたの?)その後フラスケタは再婚してウルスカツ夫人となった。

    ここでジプシー族長本人の話に戻る。
    ブスケロスは、自分の親族の女性をジプシー族長の父親であるドン・フェリペ・アバドロと財産目当てで結婚させる。ドン・アバドロは、ブスケロス一族に精神を喰い尽くされたかたちで死ぬ。ジプシー族長は物乞いのアバリト少年から貴族の子息ホアン・アバドロに戻り、自分の相続分だけ受け取り、マルタ騎士団員に序列される。

    第四デカメロン終盤は、青年騎士なったジプシー族長(ホアン・アバドロ)の恋物語。かつて交流の合ったトレドの騎士とは対等の立場で友情を結んだ。そしてアビラ女公爵へ崇拝と恋を捧げるようになる。この恋愛進行は手が込んでいて読んでいてちょっと楽しい 笑。

  • 畑浩一郎准教授(国際交流学科)翻訳『サラゴサ手稿』全3巻が順次出版 | ニュース | 聖心女子大学
    https://www.u-sacred-heart.ac.jp/news/20220915/12207/

    サラゴサ手稿 (中) - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b615163.html

  • 2/3を読み終えてしまった。まだ面白い。複数に分冊されていふ長編小説は、もし面白くなかったら損した感が大きいので、読む前は少し懸念していたが、読み終えない今のうちにすでに満足してしまっている。もちろん、下巻まで読むつもりだが、とにかく非常に面白い。

    上巻では、幻覚や悪魔や魔術などが多く登場し、そういった類の小説かと思っていたのだが、この中巻では、一部悪魔が出てきはするものの、基本的にはそういったものの登場しない人間模様が展開される。

    覗き見好きのブスケロスという怪人物が、いちいち憎らしくも話に豊かな展開を与えてくれてくれる。現実では絶対に知り合いたくない種の人間ではあるが、小説においてはこうした人物がいると一層面白くなるように思う。

    解説で語られる、この『サラゴサ手稿』自体が経てきた紆余曲折も興味深く、未完でありながら複雑かつエネルギッシュで魅力があるという「1804年版」も読んでみたくなる。この邦訳は「1810年版」とのことだが、こちらも充分過ぎるほど面白く、すでにこの物語の壮大さに感激している。

  • やはりあきれる程の物語のおもしろさだ
    悪魔らしきものが出てきて持論展開するとがぜんひきつけられる
    たのしいなぁ 【サラゴサ手稿】
    これこそページターナー
    語り手が次々と変わり繰り返される大伽藍のような構成美 とびきりの物語は下巻へ…

    ワクワクだ
    キリスト教 イスラーム ユダヤ教の強烈な一神教への盲目的な狭量さを越えてる
    ポトツキって一体なにものだったんだろう コスモポリタンの鬼才?

    美徳と偏見についてサタンの化身らしいドン・ベリアルが持論展開するところなど胸すくかんじする

    アルバ女公爵の心理とかアタマくらくらする

  • ポーランドの大貴族ヤン・ポトツキ(1761-1815)が
    フランス語で執筆した幻想長編。
    著者がサラゴサ包囲戦(1808年)にフランス軍将校として
    参戦した折、人家に残された手稿を手に入れ、
    スペイン人大尉に仏訳口述してもらって書き取った――
    という設定で、スペイン、シエラ・モレナ山中をさまよう
    武人アルフォンソの61日間に渡る体験が綴られている。
    彼が出会った人々の話を聞き、
    その中の登場人物が更に身の上話を繰り出したり、
    本の内容が開陳されたりするという
    目くるめくマトリョーシカ小説。
    中巻は第二十一日~第四十日まで。
    第三十七日「トラルバ騎士分団長の物語」は
    アンソロジー『東欧怪談集』(河出文庫,1994年)で
    既読だが、そちらには第五十三日と記されている。
    ロマ(作中での表記はジプシー)の族長パンデソウナこと
    本名ホアン・アバドロの冒険譚の続き。
    彼は匿われていたシドニア公爵邸の地下室を出て
    物乞いの少年たちの仲間入りをし、
    トレドの騎士なる美青年のマルタ騎士団員と知り合い、
    様々な人物と関わってそれぞれの物語を聞き、
    結婚に漕ぎ着けた――。

    ***

    作者自身の手になるという挿画がユーモラスで味わい深い。
    ところで、第四十日 p.396に言及のある
    ルサージュの小説タイトルにおける「虫扁+皮」の
    読み(ルビなし)は「ハエ」かと思いきや、
    検索すると『跛の悪魔』が出て来る。
    「虫扁+皮」は誤植か。
    アラン=ルネ・ルサージュの著作には
    ベレス・デ・ゲバラの同名の長編小説を改作した
    『跛の悪魔(Le Diable boiteux)』があると
    Wikipediaにあり

    ***

    細かい話は後日ブログにて。
    https://fukagawa-natsumi.hatenablog.com/

  • 中巻の収録は第三デカメロンと第四デカメロン。まだまだ続くジプシーの族長の語り。もはや主人公はアルフォンソよりも族長のほう。ここで1回、上巻から続くこのジプシーの族長の長い長い物語を整理しておこうかしら。

    ジプシーの族長、スペインでの通称はパンデソウナ、本名はホアン・アバドロ。もともとは貴族の生まれだけれど、母親が彼を産んだ際に亡くなり、傷心の父親が息子を遠ざけたため、母の妹である叔母に引き取られ育てられた。父親は一種の奇人で、なぜかインク作りに没頭。幼いアバドロが父との再会の折に父の大切なインク壺に落ちて破壊したため、父子の亀裂は修復不可能となる。少年アバドロは叔母に連れられ引っ越すことになるが、この道中で出会った人の語る物語がいくつか挿入される。

    〇ジュリオ・ロマティとモンテ・サレルノ公女の物語:勉強好きの若者ジュリオ・ロマティは勉強しすぎて健康を害したため気分転換の旅に出る。その道中で出会ったのが謎めいたモンテ・サレルノ公女。

     ∟◎モンテ・サレルノ公女の物語:ここで公女がロマティに語った自身の物語がさらに入れ子で挿入される。わがまま放題に育った彼女は、なぜか天国という言葉を嫌う。公女の部屋で骸骨に襲われ気を失ったロマティが目を覚ますと、ある修道院長に助けられている。かつて公女は神に背き悪魔に魂を売り渡したようだ。ロマティが出会ったのは公女の幽霊のようなものだったらしい。

    〇マリア・デ・トーレスの物語:マリアは結婚していたが、父が亡くなったため年の離れた美しい妹エルビラを引き取る。エルビラに恋する男は後を絶たなかったが、エルビラが唯一惹かれたのは謎のギター弾き。しかしエルビラは愚かなロベラス伯爵と結婚してしまう。やがてエルビラは妊娠するが伯爵は妻とギター弾きの浮気を疑い(お腹の子の父は自分ではないと思い込み)ショックを受けたエルビラは娘エルビラを産み落としたあと亡くなる。

    この娘エルビラは、マリアの息子で従兄のロンセトと仲良く育ち、やがて二人は惹かれあうように。しかし母エルビラを想い続けていたギター弾き=正体はペンナ・ベレス伯爵は、娘エルビラに求婚。経済上の事情でマリアはこの話を断れず、エルビラとロンセトと共に伯爵に会いに行くことになる。その道中で出会った少年アバドロにこの話を語った。

    その晩、ロンセトがアバドロを訪問、自分はエルビラと駆け落ちをしたいから、アバドロが女装してエルビラに化けてくれないかと提案。アバドロはこれを受け入れて二人を逃がし、マリアと自分の叔母にも事情を話してペンナ・ベレス伯爵に会うことに。族長は偽エルビラが少年アバドロであることに気づかず熱烈に求愛。追い詰められたアバドロは結婚せずに修道女になると宣言、なんとか逃げ出し、本物のエルビラと入れ替わって事なきを得た。

    その後、寄宿舎に入ったアバドロは、敬虔なイケメン神父をからかって堕落させてやろうとして失敗、ほんのいたずらのつもりが、裁かれることになる。しかし監禁されていた部屋の窓から墓を掘り返す美女たちを発見、逃げ出して彼女たちに助けられ、この美女の物語を聞くことに。

    〇メディナ・シドニア公爵夫人の物語:メディナは幼い頃から母親の実家で育てられる。父親はある出来事がきっかけで母を疑い遠ざけ、娘にも会おうとしなかった。頼りになる教育係ラ・ヒローナに育てられ、彼女の息子エルモシトもメディナに服従するように。しかし二人の関係に危機を感じたラ・ヒローナは息子を遠ざけ、やがて祖父と母を亡くしたメディナは13歳で父に引き取られる。そこで彼女は父の親友シドニア公爵を知り、父と公爵、そしてもうひとりの親友と、母との間にあった事件を聞かされる。やがて彼女はシドニア公爵の妻となるが、彼は嫉妬深く、偶然再会したエルモシトと彼女の仲を疑い、彼女を虐げるようになる。エルモシトは殺され、夫の復讐心に怯える夫人は、夫の毒殺を計画し…。

    公爵夫人の話を聞いたあと、彼女から逃げ出したアバドロは、金持ちの使い走りなどをして小遣いを稼ぐホームレス少年たちの仲間になる。そこでも生来の才気煥発さをいかし、トレドの騎士に気に入られる。さらにある日、仲間の一人と仕事を交代して、ロペ・ソアレスという青年の看病をすることになり、その身の上話を聞かされる。

    〇ロペ・ソアレスの物語:裕福な商人の家に生まれたソアレスは、父からいくつかの家訓を言い渡される。そのひとつに銀行家モロ兄弟の一族とはけして関係を持ってはいけないというものがある。父は息子にその因縁を語って聞かせる(◎ソアレス一族の物語)。

    旅立ったソアレスは、本書の主人公アルフォンソが通ったのと同じシエナ・モレナ山脈付近のマルタの十字架亭に宿を取る。そこに同宿していたブスケロスという面倒くさい男につきまとわれるはめに。やがてソアレスはイネスという美しい女性に恋するが、ブスケロスは協力してるんだか邪魔してるのだかわからないお節介をやき事態は混乱。そしてイネスはソアレスの父がつきあいを禁じたモロ一族の女性だった。結局なんやかんやでソアレスはブスケロスの手引きでイネスの部屋に忍び込もうとするがブスケロスのせいで部屋を間違えトレドの騎士の部屋に入り、落下してしまう。

    このソアレスの物語を聞いたアバドロはこれをトレドの騎士に話し、ソアレスとイネドをくっつけるためにトレドの騎士とアバドロも一肌脱ぐことに。なんやかんやありつつ、作戦はうまくいき、ソアレスとイネドは結婚する。

    次にブスケロスは、アバドロの父と自分の親戚の女性を結婚させようともくろむ(もちろん財産目当て)。インク作りが趣味の、もともと奇人であったアバドロの父は、まんまとこのブスケロスの悪だくみにひっかかり、不幸な結婚をしたあげく命を落とす。

    さらにブスケロスがトレドの騎士に、以下の話をする。

     ∟◎フラケスタ・サレロの物語:フラケスタ・サレロは美しい若者アルコスと恋に落ちるが、別の金持ちのカブロネスと結婚させられる。しかしカブロネスは妻の不義を疑い相手の男(なぜか彼はそれをペンナ・フロル伯爵という名だと思い込まされる。「マリア・デ・トーレスの物語」に登場するペンナ・ベレス伯爵と似た名前で間男とという役割も同じ)を陥れようとするも実は逆に妻と共謀した浮気相手に騙されており、自分がペンナ・フロルを殺したと思いこんでその幽霊に悩まされる。

     ∟◎カブロネス氏の物語:さらにブスケロスは、この不幸なカブロネスの話を続ける。幽霊に苦しめられるカブロネスはある日ひとりの巡礼者と出会う。この巡礼者はカブロネスに自分が巡礼者となった理由を語る。

      ∟∟◇神に見棄てられた者の父、ディエゴ・エルバスの物語:巡礼者の名はブラス・エルバス。まずその父ディエゴ・エルバスのことが語られる。博識で勉強家だった父ディエゴ・エルバスは100巻からなる百科事典を出版する夢がありコツコツ執筆をしていたが、さまざまな苦難を乗り越えようやく完成した本をネズミにかじられ絶望、その後もいろいろあって絶望したまま死ぬ。その父の死を目の当たりにした息子ブラス・エルバスは、悪魔に騙されて、美しい二人の少女とその母親との享楽的な日々を送り(この家の父親は無実の罪で投獄されている)、あげく自らも投獄されてしまう。しかし天使に導かれ、巡礼者となって12人の罪人を救うことで自らの罪も贖われることになる。

       ∟∟∟◆トラルバ騎士分団長の物語:ブラス・エルバスが出会った一人目の罪人トラルバ、彼はかつてマルタ騎士団にいたが、いけすかない仲間のひとりと決闘し殺してしまい、その殺した相手の亡霊と罪の意識に苦しんでいた。トラルバは巡礼者と一緒に聖地をめぐり救済された。

    この話を聞いたカブロネス氏は、巡礼者と一緒に聖地巡礼をして妻子のもとに戻る。その後カブロネスは亡くなり、夫人フラケスタは未亡人となり、のち再婚、ウスカリツ夫人となる。なんと彼女はトレドの騎士の現在の恋人だった。

    ここでようやくジプシーの族長アバドロ自身の生い立ちの続きの物語。トレドの騎士はシドニア夫人(かつて少年アバドロに夫殺しを語ったあの女性)と恋に落ち、アバドロはアビラ女公爵ベアトリスに恋をする。ベアトリスはアバドロの心をもてあそび、自分の姪と結婚させるが、実はこの姪は女公爵自身が二役を演じていたのだった。

  • 成り立ちといい内容といい。奇妙な本だ。予想より遥かにリーダブルでとっつきやすい。プロの作家ではない貴族が出版を前提とせず思いのままに書いた、という点ではサドを連想したり、中巻にやおら科学、数学などのうんちくが突っ込まれているところには白鯨を連想したり。
    下巻でまとめて。

  • そろそろ、誰が何を語っているのかメモをとったほうが良いかもと思いつつ族長の話を聞く日々。そして解説を見るに1804年版も読んでみたい

  • 入れ子構造が複雑になり、今何の話をしているのか掴みづらくなって来ているが、それに反して内容は面白さを増している。

  • 物語が入れ子の入れ子の入れ子マトリョーシカ状態で、今誰が誰のことを話しているのかがわからなくなってしまう。劇中劇に続く劇中劇の連続で、いったいこの話はどこに行きつくのか。そもそも主人公はただ物語を聞いているだけで何もしないままなのか。

全14件中 1 - 10件を表示

ヤン・ポトツキの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
マリー・ルイーゼ...
ジョゼ・サラマー...
ウンベルト エー...
スタニスワフ・レ...
H・P・ラヴクラ...
劉 慈欣
J.L.ボルヘス
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×