歴史とは何か (岩波新書)

著者 :
制作 : E.H. Carr  清水 幾太郎 
  • 岩波書店
3.66
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本棚登録 : 1757
レビュー : 144
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004130017

作品紹介・あらすじ

歴史とは現在と過去との対話である。現在に生きる私たちは、過去を主体的にとらえることなしに未来への展望をたてることはできない。複雑な諸要素がからみ合って動いていく現代では、過去を見る新しい眼が切実に求められている。歴史的事実とは、法則とは、個人の役割は、など歴史における主要な問題について明快に論じる。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史学の名著。

    内容は表題のとおり「歴史とは何か?」に対する問いである。
    19世紀にマルクスは「世界は合理的な自然法則によって支配されている」という立場から歴史を語ったが、本書ではそのような立場はとらない。
    歴史が神学化する事の危険性を次の言葉で批判「歴史的事実の意味を探るにあたり、歴史上の問題に対してトランプのジョーカーを差し出すように宗教で決着をつける」。
    又、歴史が文学化する例としては、意図も意味もないストーリーや伝説の話に歴史が堕落させてしまう「歴史学者の姿勢」そのものを批判している。
    本書は「歴史とはなにか?」という率直な問いに対して、様々な学説を交えながらその究極の問いに対する答えを極めた一冊といえる。

    二十世紀に入り歴史学は、現在の眼を通して現在の問題に照らすことによって、過去を見るところに成り立つという視点を得るようになった。
    そこで歴史家には、記録する事よりも、歴史的事実をどう評価するかということが重要になる。

    「すべての歴史は現代史である」クローチェ(イタリア 哲学者)

    「歴史上の事実というものは、歴史家がこれを創造するまでは、どの歴史家にとっても存在するものではない」
    カールペッカー(アメリカ 歴史家)

    「歴史哲学は相互関係における両者を扱うもので、すべての歴史は思想の歴史である」
    コリンウッド(イギリス 哲学者)

    これらは歴史の重心が過去にあるか?それとも歴史の重心は現在にあるか?という見解に対する答えである。
    歴史家は現在の一部であり、歴史的事実は過去に属しているために、過去と現在の相互関係というのがクローズアップされたのである。

    これらを踏まえて、本の著者であるE.H.カーの「歴史とはなにか?」に対する答えが紹介される。

    その、あまりにも有名なその一節はこうだ。

    「歴史とは歴史家と事実との相互作用の不断の家庭であり、
    現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である」


    また、本書では歴史学を科学的なアプローチで追求する方法も紹介されている。
    「歴史的事実というのは、それ自体が特殊性を帯びた事実である。この特殊な事実に対して歴史家は一般性を見いだすことによって科学となりうる」と。この手法によって歴史的事実から解釈をうみ出すのは他の科学的手法と何らかわらないと説いている。

    この考え方は、自己意識の発展を説いたデカルトの言葉になぞられる。
    「人間というものを、ただ考える事が出来るだけではなく、自分自身の考えについて考える事ができる存在として、観察の動きをしている自分を観察し得る存在」

    歴史が神学・文学にならないためにも、歴史と自己に対する二重の客観性が求められるのが歴史学といえる。
    そして、歴史が過去と未来との間に一貫した関係を打ち樹てる時にのみ、歴史は意味と客観性とをもつことにり、過去の諸事件と次第に現れて来る未来の諸目的との間の対話へと発展させることができるという。

    私たちがどこから来たのかという信仰は、わたしたちがどこへ行くのかという信仰と離れがたく結ばれており、これこそが歴史に問い続ける我々の究極的目的なのではないだろうか?
    本書でE.H.カーは、「未来に向かって進歩するという能力に自信を失った社会は、やがて過去におけるみずからの進歩にも無関心になってしまう」と歴史を学ぶ意義を逆説的に説く事で、歴史という遺産が未来へどう活かされるかを端的な言葉で表わしている。

    最後に、本書で印象深かったクローチェの言葉を引用しておく。
    「非難する時に我々が忘れてしまうのは、我々の法廷は現在活動している危険な人々のために設けられた法廷であるのに、被告たちは既に当時の法廷で審されて、二度も有罪とか無罪とかの判決をうけることはできないという大きな違いである。〜中略〜歴史の物語するという口実で裁判官のように一方に向かっては罪を問い、他方に向かっては無罪を言い渡して騒ぎ廻り、これこそ歴史の使命であると考えているひとたちは、一般に歴史的感覚のないものと認められている。」

    本旨とは関係ないのだが、大衆の非合理性を理解し利用して目的を達成する場合の方法として、オスカーワイルドが名づけた「知性より下のところを狙う」は非常に興味深かったです。

  • 本書で述べられた内容をカー自身に当てはめるなら、やはり二度の大戦という悲劇の経験こそが彼の主張を形成していったのだろう。つまり、歴史とは絶えざる進歩と理性の向上だろ思われていた20世紀以前の認識から、時代を経てもなお人間は過ちを続けるのだという反省と認識への転換が求められたのが彼の生きた時代であったのだ。「言葉を使うこと自体が彼に中立的であるということを禁じているのです」とは歴史学に関わらず重く響く言葉である。例え世界が絶えざる恣意的な解釈の集合体であっても、せめてそれを自覚することはできるのだから。

  • 歴史とは恣意的なものであるという考え方は心底納得できるし、万物に主観が介在しているという理解にも繋がったし本当に良いことしか書いていないな。良くわからない御託並べてる暇があったら客観性を帯びた主観から学ぶしかねぇ。人生において影響を与えられた本の一つ。

  • 歴史哲学の名著らしいのだけど、自分には畑違い感もあり、正直敷居が高くて厳しかったか、短い本なのにの読み終わるまで数日かかった。何にせよ、示唆に富むフレーズもところどころあり、ふむふむといった感じ。しかし、このレベルのものを読み込むための、その土台となる教養的部分が不足しているのを気付かされる…。

  • 歴史本を読む前とりあえずという形で手に取った。学習者の心持ちとしては歴史書に書いてあることが覚えるべき事実であるのだが、歴史家としては有り余る事実の中からどのように取捨選択していくか、この過程そのものに価値と事実が入り交じっているという内容が本書にあった。名著といわれる本も当時の世相・価値観から逃れられないというわけだ。進歩している歴史という観点からでは常に新しい歴史は過去の観念をも含みグレードアップしている前提になる。こうなると最新の歴史書を読むべきか、とも思うが評価が確定されるのにも年数がかかるし名著を書く人物はそうそういないものだ。本書もかなり古いが未だに現役である。

    因果関係における重要性の部分では交通事故を例にして紹介している。これは私のような懐疑論者にとっては納得のいくものであった。歴史を教訓すれば何を原因とすべきかの価値判断は明白になる。
    日常的例にそって歴史とは教訓であり、教訓とは一般化であり、言語化する時点で既に一般化している、という記号論の話しまで飛ぶ。そして、そこまで個別の特殊的ものを特殊的と捉えることを要求されては話が進まないというのも頷ける。
    このように観念論的なものを一般的な例に例えて実践では役に立たないと論破するのはなかなか気持ちいい。

    訳以外はなかなか面白い本。訳についてはネット上に原文と照らし合わせた再訳があるのでそれを参考にすれば補える。

  • 拾い読み
    「先ず歴史家(地位、動機、国家的社会背景、未来観(p209))を研究せよ」
    「原因の多様化(一つの事件について幾つかの原因を挙げる)と単純化(究極原因を見るべきか、あらゆる原因の中の原因と見るべきか)とを通して仕事を進めねばならぬ(p133)」

  • 名著、だそうです。
    でも、私には何ゆえに名著なんだかわからない。
    なんか、知ってることばかり書いてある。
    しかも、めんどくさい表現で。

    百科事典『Wikipedia』を連想しました。
    ちょっと前までは、辞書とは崇高な人たちが定義し解説してくれるものでした。
    でも、そうじゃない、普通の人たちが知識を積み上げてたものが辞書として役立ち、日常に馴染んできている。間違えや主観を少しずつ改善し、たまに存在しない戦争が載ってましたとかあるけれど。徐々に 成長し、認知度を高めてきた、その過程を私ははたで見てきました。
    『歴史』にも、そういう過程があったんだね、ということ?

  • つまらない、かたい。すぐやめた。

  • ○この本を一言で表すと?
     歴史と歴史家の定義について述べた本


    ○考えたこと
    ・「ブラック・スワン」でタレブ氏がこの本を名指しで否定していて、その理由を、現在から過去にさかのぼることがいかに困難かを「水たまりから元の氷の形(氷以外かもしれない)を予測する困難さ」で例示して否定していましたが、この本はどちらかといえばタレブ氏と同じように歴史の本で述べていることは「仮説」だと認めている立場だと思いました。タレブ氏がこの本をあまり読み込んでいなかったのでしょうか。

    ・歴史の「もしも」を語る「未練学派」への批判、生物学的な進化とその進化のない状態でも技術や歴史を積み上げる進歩の違い、「歴史家」と「歴史的事実」の距離と歴史家の主観の関係などについての話は興味深く読めました。


    ○つっこみどころ
    ・「50年間全世界で読み継がれる必読書」「世界の見え方が変わる」という帯の文句やいろいろな本で引用されていることからかなりの期待を込めて読み始めましたが、読みにくい上にそれほど大したことが書かれていないような気がしました。自分の読解力が足りないのかもしれませんが。読むのに時間がかかった割には得るものが少なかったです。

    ・「平和主義とは何か - 政治哲学で考える戦争と平和」を読んでいて何度かE.H.カーや「歴史とは何か」が出てきたので関連があるかと思って読み始めましたが、特には重なるところが見つかりませんでした。

  • 読みにくい良書。訳が、悪い。いや、古いのか。

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