- Amazon.co.jp ・本 (229ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004308850
感想・レビュー・書評
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著者がエジプトでフィールドワークされていたとのこと、あまり私に知識の無かったアフリカ諸国のイスラム文化や主義に触れられていて少し斬新だった。てっきり中東アラブ近辺のドロドロした歴史がメインだと思っていたので、その点では新しい感覚で読めた。鍵となるのはエジプトやサウジアラビア等、イスラム教の国家と言えど持ち合わせたナショナリズムが何を主体とするかである。国という地理的、国境を意識したケースもあればイスラム教を中心とした共同体的意識に基づくか。本書の記述はエジプト在住時の出来事である1981年のサダト大統領暗殺に始まる。サダト大統領はカーターの仲介でイスラエルと和解するなど、先ほどのナショナリズムの議論で言えば前者、国を中心としたものだ。他方、国内にはムスリム同胞団など、後者の団体も多数存在しており、国家からは弾圧されるが、同じイスラム今日諸国からは援助も受ける。こうした国や共同体が複雑に絡み合う世界はイスラム諸国ではよく見かける状態だ。
こう考えたことがある。様々な団体や国家はイスラム教という一つの宗教に分類されているが、実際のところは彼等個々の思想や要求はバラバラであり、時に似たもの同士が手を組むが、明日には敵同士にもなり得る。悪い言い方すれば、宗教の名を借りて個人や団体が自分たちの利益を守ろうとしてるのではないか。いや、恐らくそんな事はないだろう。
イスラム教は様々な宗派で成り立っており(キリスト教も仏教もそうだ)、シャリーアを社会生活の基礎とし、ウラマーに訓えを請うという点では基本的なスタイルは同一。女性のファッションに表現される様に1970年代は短いスカートも履いていた女性がイスラムの伝統であるヒジャブなどで顔を覆うように変わる。時代が政治が文化がグローバルに傾くと、自然と懐古主義的な勢力が勢を増しイスラム教の教えにバランスをとりにいく、その逆もしかり。そうして長い歴史の中でバランスを維持しながら世界に18億人というムスリムの巨大集団を作り上げてきたのだろう。時には破壊的な行動を起こす集団もいる。一方で平和に穏健に生活をしたい人々もいる。いずれであろうと彼等はコーランやハディースを守りながら生きてきた民族なのだ。
究極的には全ての異教徒を剣のジハードで殲滅するしかないかもしれないが、舌のジハードで全世界を改宗させることが絶対に不可能とは言えない。分かり合えない異教徒ではなく、彼等の主義や文化を理解し向き合う事、知ることから始めてみたい。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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どこでも保守が過激になる
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【由来】
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【期待したもの】
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※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。
【要約】
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【ノート】
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時間があれば
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イスラムでも一神教とはいえ、内部にはいくつかの論争があり、時には宗教戦争にまで発展しうることもある。
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イスラムのイメージが極めて単純な形で、しかも一部過激派のテロなどによって狂信的、暴力的なものに大きく傾いている中、イスラムの歴史的経緯を簡潔に辿り、その多様性を紹介している。
イスラムにおける近代化は日本を含む西洋式の近代化とは道筋が違うのではないか、西洋的価値尺度でイスラムを捉えることが間違いの始まりなのではないか。
イスラム内の対立をカトリックに対するプロテスタントになぞらえて考えてみたらどうだろう、か。
ただまだ個人的にはイスラム社会が西洋的自由主義的価値観を持つ社会より今日的な意味での発展をより大きなものにできるようになるとは思えないけども。 -
サウジアラビアのワッハーブ運動、スーダンのマフディー運動、エジプトのムスリム同胞団とジハード団の活動について比較し、一意的な見方をされる"イスラム原理主義者"の内容物を分解するもの。かといって、体系的に整理分類されているわけではなく、筆者の中東での生活から得られた経験も含めて歴史事項もバラバラに語られるので、自分のような素人はさらにイスラムを分からなくされてしまった…。もうちょっと絞られた所から勉強した方が良さそうだ。イスラムは広大だわ。
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イスラム教について、原理主義とは何か、どのように派生していったのか、分かりやすく書いてある。
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現代のイスラムにズーム。