日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004316503

感想・レビュー・書評

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  • 途中で挫折しそうになったら、是非「あとがき」を読んで欲しい!

    筆者の目指す「青年期の学問」を経た「老年期の学問」について述べられており、その学問の大成として一般的なテーマについて〝総論〟を書き上げようと試みることが書かれている。

    また、かつて筆者が病を患った際に夏目漱石に触れたこと。
    大患期の漱石がウィリアム・ジェームズの『多元的宇宙』やレスター・ウォード『力学的社会学』を読み通し、批評までしていることに驚き、筆者自身も今回のテーマに繋がるバジョットの『自然学と政治学』を読んでみよう、と考える。
    こういう偶然の連なりってあると思うし、一冊の本を世に出す姿勢として、感動させられた。

    「序章 日本がモデルとしたヨーロッパ近代とは何であったか」
    「第一章 なぜ日本に政党政治が成立したのか」
    「第二章 なぜ日本に資本主義が形成されたのか」
    「第三章 日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか」
    「第四章 日本の近代にとって天皇制とは何であったか」
    「終章 近代の歩みから考える日本の将来」

    バジョットの鍵概念「議論による統治」を下地に、自由なコミュニケーションの拡大としての「貿易」と、異質な文化とのコミュニケーションとしての「植民地」の二つの概念を抽出する。

    近代に踏み出した日本は、スタート地点から既に取り返せない程の差が付けられていた。
    そうして、社会的「機能」に重点を置き、国民をその「機能」を全う出来る労働者へと教育する。

    また、アジア唯一の植民地保有国となり、今日までその禍根は残るわけだが、西洋の遠く離れた植民地とは違い、日本のそれにはアジアという「地域主義」に目を向けられたものであった。
    それは冷戦時代には都合良く利用されるわけだが、今日のイスラム世界を見ていると、「国家主義」に席巻する力があるのではないかと考えさせられる。

    更に、西欧諸国におけるキリスト教を日本にはない「宗教システム」と見て、神の代理存在として「天皇」を象っていく。
    こうした「機能」だけを西欧に擬えても、そこに至るまでの時間や過程、つまり成熟?という部分を飛ばしてしまってもいる。
    明治維新で、日本が国として世界に存在意義を問うていかざるを得なくなったこと。
    この時代に生きる人達の、その切実さは胸に迫るものがある。しかし、歴史の流れが一つ断ち切られたように感じるものは何なのか。そこに、根本的な弱さが含まれているように感じてしまう。

    終章の問題提起も、面白い。

    「戦後日本は国民主権を前提とする『強兵』なき『富国』路線を追求することによって、新しい日本近代を形成したのです。……(中略)ところが『強兵』なき『富国』路線の自明性に根本的な疑問を投げかけたのが二〇一一年三月一一日に起きた東日本大震災と原発事故でした。」

  • 新書大賞2018年の第3位。
    第1位は先日読んだ『バッタを倒しにアフリカへ』で第2位は河合雅司さん『未来の年表 人口減少日本でこれから起きること』、この二つは僅差で、第3位以下に圧倒的に差をつけたそうです。

    しかしこの『日本の近代とは何であったか』は、
    有識者票だけのランキングにしたら、なんと第1位なんですって!
    有識者には『中央公論』に登場・寄稿する政治学者・経済学者が多く、その方たちが圧倒的に三谷さんの『日本の近代』を推していたそうです。

    内容は「政党政治を生み出し、資本主義を構築し、植民地帝国を出現させ、天皇制を精神的枠組みとした日本の近代。バジョットが提示したヨーロッパの「近代」概念に照らしながら、これら四つの成り立ちについて解き明かしていく」というもの。

    内容の素晴らしさもさることながら、著者がこの本の執筆を受けたのが出版の14年前で、10年前に大病を患い、12時間に及ぶ大手術と二か月の病院生活を経験、回復期に漱石の『思ひだすことなど』を読み、その姿を自身に照らし合わせ、バジョットを読み直し、無事にこの本を完成させたのです。

    三谷太一郎さんは現在81歳。
    そのあとがきを読んで、「有識者の皆さんは三谷さんの生き方にも共感しているのでは?」と思いました。
    私も、自分の身近の人を思い、物思いにふけっているところです。

  • 著者の三谷太一郎氏は、日本政治外交史を専門とし、東大法学部学部長も務めた政治学者・歴史学者。
    本書は、明治維新後の日本の近代化を、政党政治、資本主義、植民地化、天皇制という4つの切り口から考察したものである。尚、「近代」の概念については、19世紀後半の英ジャーナリスト・W.バジョットを引用し、「「慣習の支配」する「前近代」から、貿易と植民地化を変革要因として、「議論による統治」の確立したのが「近代」」としている。
    4つの切り口の主な分析は以下である。
    ◆政党政治・・・明治憲法下での体制原理ともいえる日本の立憲主義は「権力分立制」と「議会制」を基礎にしているが、幕藩体制の中に既に、「合議制」、「権力分散メカニズム」、「相互的監視機能」として、立憲主義を受け入れる条件が準備されていた。更に、明治憲法の特質であった分権主義的な体制を統合するためには、非制度的な主体の役割が求められたが、それは、藩閥と政党が自らの限界を認識した結果相互接近することにより、政党が幕府的存在化し、複数政党制が出現することになった。しかし、大正の終わりに本格作動した政党政治は、1930年代初頭には「立憲デモクラシー」から「立憲的独裁」に変質していった。
    ◆資本主義・・・明治維新後の日本は、外資導入に不利な不平等条約下にあったため、「自立的資本主義」に向かわざるを得なかった。それを可能にしたのは、①政府主導の殖産興業政策、②国家資本の源泉としての租税制度、③資本主義を担う労働力の育成、④対外平和の確保の4つであり、その「自立的資本主義」は、「消極的外債政策」、「保護主義的産業政策」、「対外的妥協政策」という特徴があった。日清戦争後~日露戦争時は、不平等条約の改正、金本位制の確立等を背景に、「国際的資本主義」に移行しつつ、外債依存度が増大したが、その後の世界恐慌、満州事変等により、各国で国家資本・経済ナショナリズムの台頭が起こり、国際的資本主義は崩壊した。
    ◆植民地化・・・日清戦争後、欧米の「自由貿易帝国主義(非公式植民地帝国)」に対し、まだ最恵国条款が得られなかった日本は「公式植民地帝国」を目指さざるを得なかった。満州事変後には、「帝国主義」に代わるイデオロギーとして「地域主義」が台頭してきたが、それは、「民族主義」の対立概念として、東亜新秩序を基礎付け、日本の対外膨張を追認・正当化する役割も担った。
    ◆天皇制・・・日本では、ヨーロッパ近代化の軸となる「キリスト教」に代わるものとして、「天皇制」が位置付けられた。「天皇制」は、聖俗が分離したヨーロッパと異なって、それらが一体化したものであった。天皇の「神聖不可侵性」は、明治憲法では明確化することはできず、「教育勅語」で明示する策をとった。太平洋戦争後は、教育勅語が廃止されるとともに新憲法が施行され、天皇制の役割は変化した。
    そして、これからの日本が進むべき道として、「重要なのは各国・各地域のデモクラシーの実質的な担い手です。また、デモクラシーにとっての平和の必要を知る「能動的な人民」の国境を越えた多様な国際共同体の組織化です。すなわち国家間の協力のもとに、市民社会間の協力を促進する努力が必要なのです」と結んでいる。
    日本の近代化を振り返るとともに、現在世界で進む「立憲的独裁」に対して、「立憲デモクラシー」を取り戻す必要性について考えさせる良書である。
    (2017年5月了)

  • 総論・俯瞰的な近代の考察。

    ・慣習から議論へ
    ・自立的資本主義の条件
    ・国際的資本主義への転換
    ・国体と政体

  • 19世紀後半のイギリス人ジャーナリスト、ウォルター=バジョットの近代概念である「議論による統治」「貿易」「植民地化」といったキーワードに照らしながら「日本の近代とは何であったか」を考察した著作。

    以上の視点を踏まえて本書は

    ・日本がモデルとしたヨーロッパ近代とは何であったか
    ・なぜ日本に政党政治が成立したのか
    ・なぜ日本に資本主義が形成されたのか
    ・日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか
    ・日本の近代にとって天皇制とは何であったか
    ・近代の歩みから考える日本の将来

    の各章から構成されている。

    近代日本の歴史的意義について「もし日本の近代に何らかの歴史的独創性を認めるとすれば、少なくとも東アジアにおいては、それが前例のないヨーロッパ化の実験であった」と述べられている部分は興味深かった。近代の日本には将来到達すべき目標はあっても到達するための過程や方法は不明だった。「ヨーロッパそのものは反復不可能な一回的な歴史的実態です。日本はそれをそのまま再形成することはできません。日本は自らをヨーロッパ化する実験に先立って、それを可能にするようなヨーロッパのイメージを持たなければなりませんでした」という箇所からは科学的な歴史観とでもいうような印象を受けた。

    ただ、自身の不勉強からくるものもあるだろうが、個人的には思っていたのと違う内容の展開のせいもあってハードルの高さを感じた。

  • 序論のバジョット論はとっつきにくかったが,日本の具体論に入ってからは楽しく読めた.「議論による統治」を標榜してそれを実現してきた明治国家の政治面での動き,さらには大久保利通を元とする経済面での展開もおおよそ理解できたと思っている.議会の中での枢密院の存在をクローズアップして,植民地に対する法制度の動きは特に面白かった.台湾と朝鮮では大きく異なっていることも知らなかった.最後に出てきた「教育勅語」の成立する過程の話は天皇と憲法との絡みがあることだと知り,意外な事実だった.歴史の授業は近代史まで進まなかった記憶があるが,教えておく必要があると感じている.

  • まだ未消化。もう一度読まなくては。

  • 幕末から明治の時代、自分はその時代を生きたわけではないので想像することしかできないけど、きっと庶民ですら社会の激変を肌で感じたのだろうと思う。その改革には良いこともあれば悪いこともあった。端的に言えば西欧列強に倣った帝国主義が禍根を残し、現在の外交にも影を落としている。決して遠い昔の話ではなく、今日の我々の生活にも脈々と受け継がれているトピックを知ることができる。

  • 日本の近現代史に疎いので勉強しようと買ったのだが、知りたかったものとは違ったので当てが外れた。

     序章から第二章まではよくわからなかったので読み飛ばした。ただ、教育についてと良妻賢母については記憶にとどめたい。
     後半は面白かった。特に教育勅語はいかに作られたのか、はとても興味深い。井上毅についてもっと知りたい。

  •  副題に「問題史的考察」とあるように、「政党政治」「資本主義」「植民地」「天皇制」という近代日本の根源に関わる4つの問題を歴史的に考察した書。著者は政治史学界のいわば「レジェンド」的存在の大御所だが、分析視角の鍵としてウォルター・バジョットを持ってきたり、日本の近代化の特殊性を相変わらず西欧(というより英米)との偏差によって規定するあたり、レジェンドであるが故の「古臭さ」は否めない。明治前期の非対外募債主義を幕末の「倒幕派」に遡及している点などおかしいところもある。とはいえ、最近はアプリオリに自明の前提として等閑視されている歴史学の根源的問題、すなわち「なぜ日本は非欧米圏で唯一植民地にならず、近代国民国家の形成に『成功』したのか?」という問いを検討する上で様々な示唆を与えてくれる点は評価するべきだろう。

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