モダン語の世界へ: 流行語で探る近現代 (岩波新書 新赤版 1875)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (382ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004318750

作品紹介・あらすじ

モボ・モガが闊歩した一九一〇〜三〇年代の日本では、国民の識字率の向上やマスコミの隆盛、日露戦争と第一次世界大戦の勝利など背景に、外来の言葉と文化が爆発的に流れ込んだ。博覧強記で知られる歴史学者が、当時の流行語を軸に、人々の思想や風俗、日本社会の光と影を活写する。『図書』連載のエッセイ、待望の書籍化。

感想・レビュー・書評

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    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/756876

  • 軽そうなタイトルとは裏腹になかなか深い一書。詳細はまたあとで書こうかと思う。

  • 1900-1930年代の日本で生まれた「モダン語」を通じて、その言葉の背景にあった時代や人々の心理を描き出す本。
    この著者の本を読むのは[ https://booklog.jp/item/1/4121911385 ]に続き2冊目。前の本はとにかく論理が緻密で読むのに骨が折れた記憶があるが、本書はそれに比べ非常に緩い。テーマ自体がそもそも自然発生の俗な言葉だし、時々著者の個人的な経験(1960年代)が登場したりもする。
    前とは随分違うことをやっていると思ったら、「あとがき」で説明されていた。概念や分析視角を明確に設定して分析していく思想史研究の方法に一方では疑問を感じ、概念化されていない日常語に着目する「思詞学」を提唱するというもの。

    お陰で論考というより言葉に関するエッセイというノリでも読めるのだが、時々鋭い指摘があってはっとさせられる。
    ・「しかし、日本が一九三七年以来、戦い続けている敵は中国であり、敵性語を本当に追放しなければならないのなら、漢字そのものを追放しなければならないはずだった。ただ、その根本的矛盾に気づいていたとしても、それを口にすることは許されない空気が支配していた。(p172)」
    ・「東アジア世界においては、男性の断髪と洋装が「近代としてのモダン」を、女性の断髪と洋装が「現代としてのモダン」を表象するという見方(p135)」明治初期、男性には断髪が推奨されたのに対し、女性の断髪は法律で禁止された。
    ・「だが、郷土愛が祖国愛にそのままに直結するうわけではない。郷土愛=パトリオティズムが強固であればあるほど、祖国愛=ナショナリズムと相容れなくなることもある。(中略)「日本本土=内地」に対する「地方=外地」として、朝鮮・台湾・樺太・南洋諸島・満洲などがあった。(p282-283)」

  • p.2021/8/4

  • ポストモダンという言葉によって超越されちゃっているからなのか…お好み焼きのモダン焼きな感じで過去の最先端みたいなイメージがついちゃっているからなのか…モダンには、ちょっと微妙なニュアンスがります。だから、本書で流行語でもなく新語でもなく「モダン語」という初めての括りで日本人が使ってきた言葉を総覧すると、肯定的という訳でもなく否定的という訳でもなく日本人が新しい出来事に対して何を語ろうとしてきたか、の地に足がついて血が通った記録になったような気がしました。舞台は1910〜30年。第一次世界大戦が始まり、そして終わり第二次世界大戦が始まるまでの時代。日本に資本主義が定着し、マスコミが成長し、識字率が向上し、グローバル経済とのシンクロが進行した季節。映像だとモノクロの世界で人々がパタパタ動いていて、書籍だと後の視点で総括され語られていますが、単語から見ると、なんて今の時代と感覚はほとんど変わらない、なんて現代に相通じるのだろうと驚きました。言葉の生まれ方、作られ方は、現代のコピーラーターや雑誌編集者の手法となにも変わらないような気がします。またジェンダーを揶揄する◯◯ガールの羅列をみると女子に対する視線は100年たっても変わらないのかな、とも思いました。今年、高齢の親の携帯をスマホに変えたのですが、操作より機能より用語の難しさに、打ち拉がれています。日々使う単語は生活の変化で変化し、それを取り込めないと生活から拒絶されるのは100年前から続いているのだと思います。著者の見識の幅があまりに広く、対象領域が広汎なので読む側は呆然とした気持ちになりますが、この新書は「日本人は何を気にしていたのか?考えていたのか?」の記録だと思います。

  •  著者の専門の思想史まで入ると馴染みはないし、また持って回った言い回しも多く、本書全体として整理されていない印象もあるが、単純に流行語辞典・雑学事典としても楽しめる。対象は1910〜30年代。
     エログロナンセンスで1章使っている。映画、レヴュー、女給に見るエロ。様々な猟奇のグロ。公序良俗の強制に対する風刺と反発としてのナンセンス。
     エロもそうだが、モダン・ガールや女性の断髪、「新しい女」に対する視線には、現代では許容されないだろうものが少なくない。著者も後書きでそのことは留意している。
     この時代に流入した外国の文物は欧米からだけでもなかった。「支那趣味」が流行し、中国への侮蔑と憧憬が併存していたという。じゃらんなど、非欧米世界からの言葉も。

  • 東2法経図・6F開架:B1/4-3/1875/K

  • <目次>
    はじめに ようこそ、モダン語の世界へ
    第1章  モダン、そしてモダン語とは?
    第2章  百花繚乱~モダン語のパノラマ
    第3章  行き交う言葉と変転する文化
    第4章  モダンの波頭を切るガール
    第5章  モダンを超え、尖端へ、その先へ
    第6章  エロとグロとその後にくるもの
    第7章  アジア、ローカル、アメリカとの往還
    おわりに 終わりなき「始まりの思詞学」

    <内容>
    第一次世界大戦から第二次世界大戦の間を中心に、流行語(モダン語)を意味、使い方、使い方の変遷、時代との関連などを分析することで、政治家や軍人などの動きではなく、庶民の考えやうねりなどを見て行こうとするもの。著者は「思詞学」と名付けている。流行語をその場で分析するだけなく、多くの文献にあたり、時代背景を探りながら、大きな歴史のうねりと対応させていく分析が面白かった。 

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著者プロフィール

1951年、熊本市生まれ。東京大学法学部卒。衆議院法制局、東京大学社会科学研究所、東北大学日本文化研究所などを経て、2017年に京都大学人文科学研究所を退職。主な著作に『法制官僚の時代』『近代日本の知と政治』(ともに木鐸社)、『キメラ―満洲国の肖像』(中央公論新社)、『思想課題としてのアジア』(岩波書店)、『憲法9条の思想水脈』(朝日新聞出版)、『アジアの思想史脈』『アジアびとの風姿』(ともに人文書院)がある。

「2018年 『唱歌の社会史 なつかしさとあやうさと』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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