〈銀の匙〉の国語授業 (岩波ジュニア新書)

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 61
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784005007097

作品紹介・あらすじ

神戸の灘校で、中学3年間をかけて『銀の匙』をじっくり読み込むという驚くべき授業を続けてきた橋本先生の実践的授業。「国語はすべての教材の基本であり、学ぶ力の背骨」だという"伝説の教師"が、国語の学び方を伝える。「学ぶこと」の原点に気づかされる1冊。

感想・レビュー・書評

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  • 臨時休校中で「何か本を読みたいけど、何を読めばいい?」と悩む中学生に推薦します。
    「国語の勉強の役に立つから」とかそういう視点じゃなくて、当たり前にとらわれない物の見方とか、物事を広げて考えるということの実例がいっぱい書いてあるから。

    第1章では「土曜講座―27年ぶりに教壇に立つ」と題し99歳にしてかつての勤務校で「銀の匙」の特別授業をした様子が描かれているが、もうこの章だけでも一読の価値あり。

    冒頭、橋本先生はこう切り出す。
    -「『銀の匙』の授業は、傍観するのではなく、入り込んで一緒にやっていく授業です。それは「遊ぶ感覚」です。見ているだけでは面白くない。自分のその中に関わる、参加して、行動するという遊びの楽しさを、学ぶことに取り入れようと思ったのです」
    そして先生はおもむろに黒板に<あそぶ><まなぶ>と書き、こう尋ねた。「あそぶとまなぶ。このふたつに共通するものはなんですか。どんなことでもいいから、言ってみなさい。」
    ある生徒が答えた。「あそぶもまなぶも、どちらにも<ぶ>が付いています。」
    少し受け答えがあってから、先生は生徒のみんなに言った。「<あそぶ><まなぶ>は動詞です。ほかにも<ぶ>が付く動詞は多い。書き出してみなさい。」-

    従来の「国語の授業」の型をひらりと飛び越え、脱線もかまわずに授業を進めながらも「国語」から逸脱した形では終わらず、気が付けば「国語」を学べているという、まさに絶妙な匙加減。

    それとこの本では、橋本先生が特別授業のために作った「プリント」も掲載されている。その手書き文字が「美しい」。
    ここで言う美しいとは、書道有段者のようないわゆるきれいな字と言えるものではなく、長年板書やプリント作成で鍛えられたと言える、人が書く文字としての均整の取れた個性的な美しさとでも言おうか。「フォント」に見慣れた今の中学生に、橋本先生の書き文字をぜひ見てもらいたい。

    そして橋本先生の書き文字の美しさは、罫線を引き縦に手書きされた「あとがき」で極致に達していると思う。
    手書き文字に旧字や古めかしい言い回しが使われていないことから、時代が変わろうとも常に漢字や言葉の正しい使い方へ目配せし続けてきたことがうかがえ、てらいのない文章の若々しさと併せて「若々しく年を重ねる」見本とも言えるのではないか。橋本先生が書く「若い人たちはもちろん、年配の方々にも読んでいただきたいと思っています」にも同意したい。

  •  中勘助さん著『銀の匙』が読むべき良本という情報が頭の中にあり、長年うじうじと先延ばしつつ、やっと読み始めました。少し読んで、夏目漱石の『坊ちゃん』みたいだな、というのが率直な感想でした。『坊ちゃん』を読んだ時もその面白さがわからず、忍耐を重ねて読んだくらいだったので、この本をやはり面白いと思えない自分がいて、どうしたものかと思っていたら、この本の存在を知りました。

     灘高で国語の先生をしていた作者が、『銀の匙』だけを使って三年間、現代文の授業をしたというのです。先にこちらを読んだ方が、『銀の匙』の面白さがわかるのではないかと、『銀の匙』はちょっとお休みして、この本を読んでみました。

     実際に、どんなふうに授業を進めていったか、その際に使用したプリントなどもわかりやすく載っていました。さらに、橋本武先生が、国語をどう捉え、何を大切にして授業をしていたかなども書かれています。

    気になった文をいくつか…
    ◯今いわれている「ゆとり教育」は遊び時間を増やすことなのかと思いたくなりますが、そうじゃなくて、水準以上のことをやっているから心にゆとりが持てる、そうあるべきです。もっとも先生が大変ですけど。

    ◯私は、国語の基礎学力を涵養する根源は「書く」ことにあると思っています。

    ◯国語勉強の7つのポイント読む書く話す聞く見る味わう集める。

     『銀の匙』を読んでいた時、読みやすいように沢山言葉の意味が注記として書かれている版を選んで読んでいても、よくわからない言葉が沢山出てきてウンザリしていました。橋本先生の授業では、その一つ一つの語句の意味を理解し、できるものは授業で実際体験し(凧揚げなどなど)、生徒自身がこの物語に参加するような形で丁寧に読み解いていきます。そして、生徒の知識が、教材を限定することで狭まることのないように、事あるごとに横道にそれ、新たな世界を知るように配慮されています。

     この本をじっくりと読み終えた生徒たちの達成感や自信はどれほどのものだったでしょう。そして、手をかけてプリントを作ってくれ、生徒以上の好奇心と熱量で学ぶ姿勢を見せ続けた先生の姿はどう子供たちの目に映ったでしょう。

     本当の学びとはこういうことなんだ、と教えられました。気持ちを新たに、『銀の匙』をまた読み始めたいと思います。


  •  教育界隈では、言わずと知れた伝説の授業、「中学校3年間で『銀の匙』のみを徹底して読解する、現代文」の作者自信の解説書です。

     〝大事なのは答えてばなく過程です。早急に答えを求めてはいけない、すぐに役に立つものはすぐに役立たなくなる。〟

     と、著者がのべるその内実を解説してくれています。

     まず思い出してほしいのが、自分の中学校3年間の国語授業、読書体験。国語が好き、読書が好き、という人なまだしも、標準的な中学生が、『銀の匙(中勘助)』を読むのは難しいのでは‥と思ってしまいます。。

     しかし、本書に載せられた、教材を見ると、ここまでやるのか!と驚くべき精緻さで読解が進められていきます。

     まず、骨子である[注意すべき語句]が、全てと言っていいほど、凄まじいです。2頁の中から百に渡る、語句を徹底的に抜き出して、意味を把握させる。

     これには、著者が『銀の匙』作者に、直接手紙で語句の意味を尋ねるなど、想像を絶する教材研究に裏打ちされており、生徒が、このプロでも難しい教材研究を追研究していくという、型の伝承こそ、国語力の涵養に繋がったのだと気付かされます。

     次いで「短文の練習」「鑑賞の手がかり」「サブタイトル作成」「内容の整理」「二百字要約」と進み、「雑録ノート」「鑑賞ノート」と横道に逸れるのですが、何一つ、真新しい物がない。これほどオーソドックスでありながら、これほどき基本に忠実に、一つの作品にあたることもないのではと驚かされます。

     通常、国語の授業では、一つの作品に当てるべき時間が予め決められており、それも、作品の一部分のみしか扱わない。惰性でそれらを〝消化〟していくスタイルが、一般的ではないでしょうか。

     だからこそ、この授業の異質さが際立つ。一つの作品の真の読解とはを、これでもかと見せつけられるのです。

     教育者ではない方にも、本書のエッセンスは響くと思います。

     私自信、読書の際、感想文まで書きますが、分からない語句などを、そのままに読み飛ばして放置。など、恥ずかしい読み方をしていました。

     一冊の読書体験の質量の最大化。

     これこそ、本書の真髄だと思われます。〝読後感まで書いて、読書が完成する〟とありますが、それだけじゃ決してない。

    ①分からない語句は、徹底的に調べる。
    ②語句を使えるように作文も行う。
    ③題名を考える(まとまった文へのタイトル作成)
    ④引用作品などが有れば、それにも徹底して調べて体験できるものは体験する。

     これらが自分の読書からどれだけ足りていなかったのかとがっかりしてしまいました。
     「殆ど読めていない」というのが、透けて見えてしまいますね。

     多読ではなく、深読。これを徹底して行おうと思いました。こうしてみると、自分なりの読書の仕方を決めてもいいかもしれませんね。
     あとは、追われて行う読書。隙間を埋める読書では、足りませんね。
     一冊でいい。一頁でいい。一行でいい。一文でもいい。学ぼうと思えば、そこから汲み出せるものの多さに、無為な百読は負けるのではないかと思い改める次第でした。


     個人的に、以下が実践のメソッドになる部分です。

    ①読後感を書くこと(読書の完成)
    ②日記をつけること(思索の深度を増す)
    ③詩や歌を作ること(流暢な表現の体得)

    ★百論は一作に如かず
     〝いくら文章作法を説いて見ても、文章は書けもしないし上手にもならない。書いて書いて書きまくって、書くことの拒絶反応を払拭した上で、はじめて文章作法が自然に身についていく。運動選手が絶えずトレーニングき励み、技能にたずさわるものが、たゆみなくケイコにうちこみワザを磨く。書くことも技術であり習慣である以上、実践を措いて上達の道はあり得ない〟

     〝国語に対する努力が、国語とあなたとをかたく結合してくれます。正しい努力は、目の前に即効があらわれなくても、けっしてむだにはなりたせん、国語とは生涯つきあわなければならないのです。早く好きになっておいた方が得策というものです。〟


    ★国語教育の「七つのポイント」
    ①読む
    ②書く
    ③話す
    ④聞く
    ⑤見る
    ⑥味わう
    ⑦集める

  • 先生に向けても書いてあったので学校の先生の方にも読めます

  • なんというか久しぶりに国語の授業を受けた気分になった。
    ・横道にそれる楽しさ
    ・すぐ役立つものはすぐに役立たなくなる
    ・話し上手になるには書き上手であることが必要
    ・労働に対するささやかな感謝の気持ちの有難う

    最後に一歌
    コツコツと いろんな本と 巡り合い
    今年のゴール 目指せ100冊

  • 灘校がいわゆる進学校とは一線を画す教育システムをつくってきたかというのがよく分かる。自由闊達に自学出来る人へと教え導くというのは、実に根気のいる取り組みなのだと。教育論に留まらない、組織やコミュニティづくりにも大いに気づきを与えてくれる内容でした。

  • 教師としての在り方がすごい。
    27年ぶりに教壇に立ったときの、授業の進め方もさすがだよね。遊ぶと学ぶの共通点は何?から入って、漢字と仮名の成り立ちや、ぶ動詞について。
    本に出てくる遊びを体験させるとか、徹底してる。

  • 灘高の伝説の国語教師・橋本武氏の本である。
    本書の発刊が2012年であるが、2013年に橋本氏が亡くなっているので、最後の書と言っても良いのだろう。
    橋本氏の国語授業の概要は知っていた。学習意欲を引き出す授業は、教え子たちの生き方に影響を与えた。
    遊ぶように学ぶ、遊びながら学ぶ、授業法は画期的であり、氏の研究と努力の結晶である。
    そもそも授業は教師の人間性と不可分である。
    ゆえに、『銀の匙』のスローリーディング授業は、橋本氏だから出来たわけだが、氏のコンセプトを咀嚼するならば、また新たな形の授業を生むことも出来るだろう。
    橋本氏の授業は、遊ぶような感覚から導入するが、そこから派生する知識の伝授と、多読の勧め、覚えるべきことをきっちりと覚えさせる暗記など、多岐に渡る。生徒の状況に応じて教え方を変えていった橋本氏の真骨頂は、生徒とともに学ぶ、そのマインドであった。

  • たくさん角を折ってしまった(あとでまた見返したいページ)。
    銀の匙をやっとちゃんと読もうと思った。
    意外と面白いかもと思わされた。
    タイトルをつけたり、実際に書かれていることをやってみたり、語句の意味を考えたり調べたり、興味深い。

  • 『銀の匙』を読んだあと、灘で教材として使われていたと知り
    興味を持ったので手に取りました。3年間『銀の匙』のみという
    究極のスローリーディング!2012年に満100歳を迎えた著者は
    21歳から71歳まで教壇に立った。

    「どんな授業だろう?」と読み進めると意外と「文中の単語の意味を調べる」と
    いうことにかなり比重が置かれていました、そこから脱線(例えば干支の話)していって
    様々な知識を得ていくという方法です、あとは章ごとに生徒に題を
    つけたり、作品に出てくる遊びをしたり、様々な工夫がされています。

    昔はコピー機もないのでガリ版ですべての教材を自主制作、
    それで一日が終わってしまうという教師の鏡のような先生。
    先生が作られたプリントは血と汗と涙の結晶の教材でした。
    教材がそんな風に作られたら学生さんも授業を聞かないわけにはいかなかったでしょうね(^-^)

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著者プロフィール

明治40年(1907年)生まれ。大正12年(1923年)、母の身上をご守護いただきお道を知る。14年、創設された天理外国語学校へ第1期生として入学。華南伝道庁長、宣教部海外課長、亜細亜文化研究所(後のおやさと研究所)主任、道友社長、にをいがけ委員会広報放送係主任など歴任。昭和30年(1955年)、本部准員。37年、斐山(ひざん)分教会長。46年、65歳で出直し。

「2021年 『出直しの教え 死の救い』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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