ビジネスで活かす電通「鬼十則」 仕事に誇りと自分軸を持つ (朝日新書)
- 朝日新聞出版 (2011年3月11日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022733849
作品紹介・あらすじ
未曾有の広告不況にも強さを見せる電通。第4代社長・吉田秀雄が半世紀以上前に創った社訓「鬼十則」の教えは、今も古びない。辣腕をふるった元電通マンが、自らの仕事に十則をどう実践してきたか。あなたのビジネスに直結する「十則」活用術。
感想・レビュー・書評
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ネタで読んだけどそこそこ面白かった。
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情に訴えるセールスはせいぜい1回限り。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
■鬼十則
A.理論、セオリー、方程式を知っているだけでは、、それを使いこなしている人には敵わない。
使いこなすとは理論、セオリー、方程式を自分に引き寄せ、自分の頭で解釈し、自分なりの定義付けをし、実勢の場で何度となく使っていくうちに自分の思考と身体に馴染んでいくようなものではないかと思う。
B.鬼十則
1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けて行くことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、長い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
C.責任三か条
1. 命令・復命・連絡・報告は、その結果を確認しその効果を把握するまではこれをなした者の責任である。その限度内に於ける責任は断じて回避出来ない。
2. 一を聞いて十を知り、これを行う叡智と才能がないならば、一を聞いて一を完全に行う注意力と責任感を持たねばならぬ。一を聞いて十を誤る如き者は百害あって一利ない。正に組織活動の癌である。削除せらるべきである。
3. 我々にとっては、形式的な責任論はもはや一片の価値もない。我々の仕事は突けば血を噴くのだ。我々はその日その日に生命をかけている。 -
電通社員(ではなく、電通マンというらしいが)の行動規範とされている“鬼十則”を、元電通マンの筆者が自らの体験と重ねあわせて紹介している。
勝手な想像ではあるが、著者には語るべき内容も、経験も人格も備えており、それを“鬼十則”という切り口で書かれただけなのではないか。
電通マン、なので当然広告業界の話であり、私のような木っ端能吏には全く見聞きすることのない世界であるにも関わらず、著者の丁寧な描写のおかげで説得力に満ちているように思える。基本的な展開としては、著者がバリバリの若手電通マンであったときの“鬼十則”の理解が、自らの成熟とともに変わっていく過程を描かれており、謙遜も兼ねてかなり遠慮気味な表現が多く、失敗談も多い。
しかし、著者の苦労や努力をもとにした凄みが、行間からにじみ出ているような気がした。
最近読んだものとしては、珠玉の一冊であった。特に私とは違い、毎日忙しく働く若いビジネスマンには良い一冊だと思う。 -
電通の鬼十則の本をいくつか読んでいます。
対象者が難しく、新卒どと当時の社会風景がわからない気がします。
一方で社会人経験ある人も、古代回帰感になるかもしれません。内容として8割ぐらいは筆者の思い出話であり、そこから得るものがあるかどうか人によると思います。2割は鬼十則の見方であり、その中に得るものがあるかもしれません。一読の価値があるかどうかは正直微妙です。 数ページチラ見されるのがよろしかろうとおもいます。 -
積ん読チャレンジ(〜'17/06/11) 8/56
’16/06/22 了
大学時代、恩師であるゼミの教授から、就職活動に入らんとするゼミ生に向けて勧められた本。
2011年に初版を購入しておきながら、今まで読んでいなかったことに驚く。
内容としては大手広告代理店・電通のクレドと筆者がどのように向き合い、ビジネスの場で実践してきたかを説く本。
「個」に立脚し、自分の軸をしっかりと持ったキャリアビジョンを持つことの大切さを説いていてその点は共感できた。
組織の中で通用する常識や既存の仕組みを疑い、自ら切り開いていこうとする姿勢は立派だし、P 77に書かれた「棺桶のフタが閉まるまで自分の枠を限定することをやめてみよう」というメッセージが気に入った。
また、「「任せる」と言う行為は、「任された」人間の責任感を推し量る指標である以上に、「任せた」人間の力量が問われる物だと筆者は考えている」(P72)というくだりは、日常的に部下に指示を出している役職者やリーダー層のビジネスマンに、是非記憶していてほしい一文だ。
この様に気づきとなる部分は多々あったが、僕にとっては肌に合わない本だった。
その事を痛烈に感じたのは、本を開いたわずか5ページ目、前書きの部分だった。
「聞き慣れない新鮮な響きや聞こえのよいワードに浮かれ、本質を見極めない現象には危うさを感じる。他方では、セオリー、成功の法則をありったけ収集した段階で自己満足するだけというレベルから一歩踏み込みたい。自分自身のアジェンダを掲げ、行動し、検証し、裁くのも自分自身だと定義付ければ、そのプロセスにおいてオンリーワンのビジネス流儀と自己哲学が醸成されていくものだと筆者は考える。」
この前書きから文章のカロリーが高すぎる感じも受け付けなかったし、「新鮮な響きや聞こえのよいワードに浮かれ、本質を見極めない」と言いながらカタカナ語を多用する自己矛盾が何よりも気持ち悪かった。
決定的に僕の価値観とかけ離れていると感じたのは以下の文章(113ページ〜)
「いずれにしても"日付変更線"を越える頃には、各部とも新入社員同期だけとなる。フロアには"若き労働者たち"の"雄叫び"が充満していく(略)
そしてどんなに遅くまで飲んでも、翌朝は始業(9時30分)の1時間前には出社し、当時伝統の“先輩の机拭き”から新しい1日を迎える、と言う具合だった。
職場のOJT(On the job training=実践トレーニング)は2年目が新入社員をマンツーマンで徹底的に教育・指導するというものだった。新入社員は、1年間はどんなミスやトラブルがあっても諸先輩からダイレクトに叱責されることはほとんどない。明らかに自分の不始末で起きたことでも、目の前で2年目の先輩が、各先輩から罵倒されているシーンを何度も体験した。そのたびに「悪いのは自分だ。俺に言ってくれ!」と心の中で叫ぶ。しかし何も出来ない不甲斐なさと悔しさに耐えるしかない。
2年目になり、待望の新入社員が配属されてくる。2年目は誰といるよりも新入社員と過ごす時間が多かった。毎晩深夜まで残業して、それから一杯飲みに出かける。土日のどちらかは二人で出社。その週にやり残した作業を片づけ、翌週の準備を行う。この1年間は、極端に言えば新入社員に“1銭”も使わせなかった。むしろそれが先輩のあるべき姿であり“美徳”だと思っていたからだ。」
この一連の文章は、共感も覚えなければ鳥肌が立つほど気持ちが悪いわで最悪。
今はそうではないと信じたいが、電通という企業に対する印象はこの部分を読んだだけで最悪。
給料が出ないのに机拭きを無言の圧力で強制する風土はこの会社に限ったことではないだろうが、日本という社会から撲滅されるべき悪習であると思う。
「明らかに自分の不始末で起きたことでも、目の前で2年目の先輩が、各先輩から罵倒されているシーンを何度も体験した」という部分には寒気すら覚えた。
強い罰を与える様を目の当たりにさせ、誰かに対して強烈な罪悪感を抱かせるのは、強制収容所や集団監禁をした際の「教育」に良く用いられる手法だと聞く。
こんな恐怖政治が社内でまかり通っていて良いのだろうか。
「トイレに行っては泣き出しそうな情けない自分の顔を鏡越しに睨み返すり「負けてたまるか!」と心の中で叫びながら現場に戻り、罵倒・叱責・怒濤の嵐に突入する」(P204)
「職人の弟子が師匠の一挙手一投足を見ながら、「技」を盗むかのごとく日々情報収集していた。諸先輩のコミュニケーション手段、企画書の書き方、仕事の段取りをときには非合法ぎりぎりのさまざまな手段で摑み取り、自分のスキルアップに変換させる。その頃筆者は、周囲から「獲物を探す鋭い目つき」と言われていた。情報に対するハングリー精神の顕れだったかもしれない」(P186)
こんなことを得意気に著書に残すことの出来る筆者の気が知れない。
聡明な方なんだろうけど、兎に角僕の価値観と交わるところが少なすぎる。
気に入った・気になった箇所
・「観念的に言えば、人間は論理を理解するようにできていない。人間は物語を理解するようにできているのだ」(P111)
・ラダ・ビノード・パール博士 靖国神社にある石碑(P154)
・「男が自分の技量に自信を持ったときの美しさというものは別格のものだが、自らの位階に自信を持った場合は鼻持ちならなくなる」(P157 司馬遼太郎の言葉)
※就活時代に大量に目にした「学生時代サークルの代表でした!」という学生がどこか気に入らないのはこれだなと思った。
・「新聞とテレビの企画の違い」
新聞=川上発想=「大義」に近い発想
テレビ=川下発想=「販売促進」に近い発想
(P190)
・「創造も変革も不連続面を飛び越えていくことだ」(P192) -
とても気合の入った良書。盗むべきところだらけ。
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電通の吉田社長が社訓として残した「電通鬼十則」はちょうど私が生まれた年ででした。
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電通にいた筆者が取り組んできた仕事への意気込みと覚悟を真似しないことには超えたいものさえも超えられないぞ。
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【読書その7】第4代電通社長の吉田秀雄氏が半世紀以上前に創った社訓「鬼十則」。これを電通でキャリアを重ねて成長したビジネスの最前線で活躍を続ける著者である柴田明彦氏が自らの経験等に基づき再解釈した本。この再解釈が「鬼十則」を極めて深みのあるものとしており、非常に面白い。それは著者の様々なビジネス経験があってこそ。久しぶりに出会った何度も読み直したい本。
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201211読了。
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電通「鬼十則」が生まれたのは1951年のことだそうです。
以来、語り継がれて60年、「鬼十則」の名は、
電通マンならずとも、一度は耳にしたことがあると思います。
本著は、電通に26年間在籍した著者が、
自身の実践を通して至った考察を書き綴った入魂の作品です。
エピソードと関連させながら「鬼十則」を見ていると、
信条には行動を変える力があるのだと改めて感じさせられます。
これまで、知ってはいたものの深く考察したことの無かった「鬼十則」。
改めて見ると非常に尖っていて心に残る。
時代とともに変わっていく価値観の中で、不思議と古めかしさは感じませんでした。
これを機会に暗記して、信条リストに入れておくことにしました。
(機会があれば、ちょっと偉そうに諳んじてみたり。)
この鬼十則は、4代目の社長である吉田秀雄氏が残したものですが、
内容の普遍性もさる事ながら「鬼十則」と、自ら鬼の名を冠しており、
裏返しの愛情がほんのりと感じ取れる点も、
長く鉄則として語り継がれた理由ではないでしょうか。 -
本書の目的は,電通在籍歴23年の筆者がビジネスを通じて得た知識,経験,知恵を読者と共有する点にある。巷間には「理論,セオリー,方程式」が溢れているが,筆者はそれを自分に引き寄せ,自分で解釈し,自分なりの定義づけをして使いこなす努力が必要だという。筆者にとって,それに該当するものが「鬼十則」だった。「鬼十則」とは,電通の第4代社長・吉田秀雄が1951(昭和26)年に制定した社員の行動規範で,全10条から成る。筆者もさまざまなビジネス・シーンでそれを活用してきたが,重要なのは,「鬼十則」を文字通り鵜呑みにするのではなく,その文意を解釈する点にあるという。
本書は「鬼十則」の1条ごとに1章ずつ構成されているので,読者は関心の高い条文の章から読むことができる。私自身が最も興味を覚えたのは,第3条「「大きな仕事」と取り組め,小さな仕事はおのれを小さくする」という章である。「大きな仕事」とは,文字通り捉えれば,売上絶対額の多寡だと思ってしまう。筆者も当初はそう感じていたが,地方新聞社の担当部署への異動を契機に,「一人ではでき得ないことをチームで実現する」ことこそが「大きな仕事」であり,その原動力として「調和力」,「統合力」,「総括力」の必要性を痛感するようになったという。
各章末には,筆者の付き合いの深いある人びとから,「私の仕事と鬼十則インタビュー」というコラムが寄せられている。筆者自身は,第8条の章において,自身を持つためには,自らの能力,経験に裏付けされた知識などに加えて,人脈というネットワークの重要性を説いているが,コラムにはその結晶が表出されているといっても過言ではない。
評者の立場からコメントを2点述べておこう。第1は,筆者が一人称に「筆者」という言葉を使っている点である。この表現は,筆者独特の「自信を裏打ちする「謙虚さ」」(156-158頁)かもしれないが,他方で,筆者はリーダーに求められる資質と役割として,「一人称で「物語」を語ること」を求めている(110-112頁)。であるならば,本書でも一人称の「私」を主語に据えてほしかった。第2は,福澤諭吉の『学問のすすめ』を引用する際,齋藤孝の『現代語訳 学問のすすめ』を使用した点である(129頁)。ビジネスマン向けの新書という性格上,わかりやすさを追求したのかもしれない。しかし,本書のテーマが「鬼十則」の解釈である以上,『学問のすすめ』に対しても,福澤執筆の原文を引用し,その語彙を筆者に(塾員として)解釈してもらいたかった。
本書の読者層は30~40代のビジネスマンであろうが,我々研究者にとっても,また就活生に対しても有益な情報がいくつも見られる。業界,年齢を問わず,本書をもとに「鬼十則」を使いこなせることを願ってやまない。 -
この本の「第6条」の章、野田智義氏/金井壽宏氏の著作「リーダーシップの旅」の要約みたいなんですけど。挙句の果てに章の最後に「リーダーシップの旅」という表現まで登場するし。偶然なんでしょうかねえ。
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筆者の電通鬼十則の解釈を軸にして、様々なエピソードが書かれた一冊。ビジネスとはこういうことだということが一例ではあるが、述べられており、勉強になった。
また英語で書かれた鬼十則のほうが、表現が柔らかいような気がした。 -
筆者は電通に23年間勤めた後、独立して、今は人材開発などを手がける。さすがに博識だが、文章の書き方はイマイチ。不必要な比喩などが多すぎる。
<電通鬼10則>
①仕事は自ら創るべきで、与えられるべきではない。
②仕事とは、先手先手と働き掛けて行くことで、受け身でやるものではない。
③大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
④難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
⑤取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは。
⑥周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
⑦計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
⑧自身を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚みすらがない。
⑨頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
⑩摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。 -
会合の対応、準備などは学ぶべきところが多い でも全体としてはいまいち
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あんまり。。。
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行動規範とは人が困難な状況に陥ったときに立ち返るべき指標であり、元電通マンの筆者にとってのそれは「鬼十則」と言われる社訓であった、と。
60年前に記された10カ条は簡素で明快、そして力強い言葉で記されている。だからこそ時代や業界を超えた普遍性のある理念と成り得た。筆者は鬼十則を意訳も含め翻訳し直し、これからの若いビジネスパーソンを鼓舞しているようだ。修羅場を永遠に迂回し続けて卑屈未練になるな、と。