考えたことなかった

著者 :
  • 偕成社
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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784037273903

感想・レビュー・書評

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  • 当たり前は当たり前じゃない。
    何の根拠もないジェンダーの役割。
    親から子へ、祖父母から孫へと家庭の中で無意識に植え付けられている。
    しゃべる猫と出会って少年は考えたことなかったことを考える。

  • 祖父母の家の近くで猫に「わたしは、未来のお前なのにょー」と話しかけられ、困惑する颯太。

    勉強や野球部の自分のこともあるのに
    家では働きだした母と中学受験を控える妹と
    家事を一緒に共有するようになり、ますます大変さが増す颯太。

    祖父母の家に行くたびに出会うしゃべる猫。
    少し下がってしまった成績、後輩に先を越された部活。

    家事をこなす祖母と、何もしない祖父の喧嘩に巻き込まれ
    男だからジュースをおごるとか、ボタン付けはお母さんの役目とか
    植え付けられた価値観に惑わされながらも
    しゃべる猫の正体は、実は未来の孤独な祖父だとわかり、祖父母を巻き込んで颯太が考えをまとめて納得していく様子。

    少しずつ、少しずつ。
    言いたいことがあります!とつながる話だった。

  • 主に家事労働におけるジェンダーバイアスを扱った、啓蒙的な児童文学。前作『いいたいことがあります!』(2018)の主人公:陽菜子(小6)の兄:颯太(中2)を今度は主人公として、男子側の目線からの、いわゆる「有害な男性性 toxic masculinity」への "気づき" を等身大かつプチ・ファンタジーな物語のなかで描く。
    (※わたしは前作を読んでいません)

    ファンタジーエンタメとしてのどんでん返しのギミックが逆『すずめの戸締まり』でウケた(双方のネタバレ) 人語が使える猫が出てくるし……

    > あれっ、と颯太は思った。前に「しくみ」について考えた気がする。なんだったっけ。えっと、そうだ、競争だ。「サル山のサル」と先生はいうけど、なんでも結局、競争するしくみになっているじゃないか、と思ったんだ。
    > 「なんでも結局、競争するしくみ」と「男は仕事だけたくさんやって、女が家のことをやるしくみ」って関係があるのかな。(p.124)

    うおおおお 『家父長制と資本制』! 上野千鶴子! マルクス主義フェミニズム!!
    単にジェンダーバイアス・家父長制の話に終わらずに資本主義との関係まで扱うとは思っていなかったのでテンション上がった。まぁでも「男らしさ」の呪縛からの解放という観点では絶対に必要なことだよな。

    >「あと、男のひとが仕事だけをたくさんやって、女のひとが家のことや子どものことをやるしくみと、なんでも競争になっているしくみも、なにか関係があるかもって思ったよ。さっきのがんばる、の話に近いけど、ひとつしか価値がない感じが似てる気がするんだ。これはまだ考え中だけど。」(p.160)

    「ひとつしか価値がない感じ」か…… なるほど…… このあたりは自分もまだまだ不勉強なのでちゃんと学びたい。

    > 「針って結局、短い棒じゃん? それに穴があいてて、糸を通して使うでしょ。単純な道具なのにおもしろくない?」(p.134)

    ここ生殖の暗喩? 資本主義と男性中心主義の関係だけでなく、今度は男性中心主義と異性愛中心主義の関係についても取り上げてほしいですね〜(上野千鶴子の次は竹村和子だ!)
    でも結局わたしは異性愛規範を内面化しているので颯太と原さんの同い年・別学の優等生同士の関係を応援したくなってしまいます。


    >「わたし、ひとつ気がつくと、ぱっと視界がひらけた感じがするの。その瞬間、正しいことがぜんぶわかった気がする。でもあとで考えると、ちがうんだよね。ひとつ気がついても、それでぜんぶわかったわけじゃないの。
    > ほら、なにかがきっかけになって急にわかることを『目からうろこが落ちる』っていうでしょ。でも、わたしのうろこは一枚じゃなくて、何枚も何枚も貼りついてる。だから、うろこが一枚落ちても、まだたくさんあるから、これからもいろいろあると思うの。」(pp.139-140)

    ここがいちばん良かった。そうだよなぁ。
    これはこの本のような啓発・教育コンテンツそのものへの批評でもある。つまり、「今のあなたは間違っている。これが正しいことなんだ。だからこの"正しい答え"を学びなさい」というような、1つの正解・正義を押し付けて、それを了解すれば "終わる" ものではなく、まさに、たくさんのうろこを一枚一枚剥がしていくように──本のページを一枚一枚繰っていくように──漸次的で自己内省的に「考えたことなかった」ことを考えて、その都度学んでいく、まさに家事のような日常的な営みこそが真に伝えるべきことである。……いい啓蒙フィクションだなぁ〜〜


    野球部の優秀な後輩:岩田くんとのエピソードも良くて泣きそうになった。
    「いつもすごくがんばっているひと」という表現の二面性・皮肉性をさらにもう一回ひっくり返してポジティブに肯定する流れが鮮やかだった。岩田くん出来た後輩すぎてちょっと引くけど……

    > 「いやいや、おれも投げられるようにがんばるから。」
    > そういいながら、どんなにがんばっても岩田に勝てないかもしれない、と頭のすみで思った。
    > だけど、競争することがいちばん大事なことじゃないかもしれない。競争はおもしろいときもあるけど、でも競争に勝つことだけが唯一の価値じゃない。
    > それより、前の自分は気がつかなかったことに気がつくことのほうが大事かもしれない。
    > となると、がんばるのは、勝つためじゃなくて、気がつかなかったことに気がつくためだ。
    > ちょっとだけ、わかった気がする。
    >「よし、いくぞ。」
    > 颯太は岩田を置いて、全速力で走り出した。(pp.147-148)

    「がんばるのは、勝つためじゃなくて、気がつかなかったことに気がつくため」 いい言葉や……
    そうして最後に岩田くんを追い抜いていくのが、「競争」のためではなく「気がつかなかったことに気がつく」ための姿として肯定されるのが感動的。

    ・まとめ
    じぶんの好みでいえば、タイムトラベル的な建て付け(「未来」の自分や家族の姿を知った特権的な状態で、「こうならないために頑張れ」と「現在」の人物に一方的に教え諭す構図)には忌避感を覚えるところもあるが、とはいえ、よく出来たジェンダー教育児童小説だと思う。
    親や祖父母などの「大人」が主人公である「子ども」に教え諭す構図は児童文学では基本的に成立しにくい(そんなお話どんな子どもが読みたいと思う?)し、そうしたジャンル論の必然性と、本作の扱う父権制というテーマからの要請(権力者が立場の弱いものを抑圧してはいけない)が偶然にもうまいこと重なっているので、そうした土台のうえで「啓発」ものをやるためには、本作のように「自分が自分に教え諭す」=「自分で気づく」という個人に閉じたコミュニケーションの構図をとる必要があった、というのはわかるので文句を言うほどではないが……。

    女の子を主人公にした前作『いいたいことがあります!』は実際に読書好きの小学生女子に人気らしい(母親談)けど、それは「なんで女のじぶんだけ家事の手伝いをさせられなきゃいけないの……」という積極的に共感しやすい事柄について扱ってくれているから、という面も少なからずあると思う。それに対して本巻は、男子・男性にとってある意味では「目を逸らしたい」事柄について扱っているので、前作のように今度は読書好きの男子小学生が進んで楽しく読めるのか……?という思いは正直ある。べつに男子だけじゃなく、こっちも女子が読んでいくことも大切だとは思うけど。
    そこは司書および学校図書館教育の腕の見せ所か。がんばれ!!!

  • 大人や知っている人に言われると反発したり、素直に聞けなかったりすることが、別世界からの声として入ってくると、妙に受け入れてしまう、
    その気持ちをよく表現してるし、
    家事労働とは何か、を考えないといけない今を生きる子どもたちを表現してると思う。

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著者プロフィール

1966年生まれ。広島大学教育学部心理学科卒業。『非・バランス』で第36回講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。『Two Trains』で第57回小学館児童出版文化賞、『園芸少年』で第50回日本児童文学者協会賞を受賞。作品に『いいたいことがあります!』『超・ハーモニー』『クマのあたりまえ』『だいじょうぶくん』などがある。

「2022年 『考えたことなかった』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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