城の崎にて・小僧の神様 (角川文庫)

著者 :
  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
3.40
  • (17)
  • (25)
  • (45)
  • (12)
  • (3)
本棚登録 : 455
レビュー : 45
  • Amazon.co.jp ・本 (215ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041003343

作品紹介・あらすじ

秤屋ではたらく小僧の仙吉は、番頭たちの噂話を聞いて、屋台の鮨屋にむかったもののお金が足りず、お鮨は食べられなかった上に恥をかく。ところが数日後。仙吉のお店にやってきた紳士が、お鮨をたらふくご馳走してくれたのだった!はたしてこの紳士の正体は…?小僧の体験をユーモアたっぷりに描く「小僧の神様」、作者自身の経験をもとに綴られた「城の崎にて」など、作者のもっとも実り多き時期に描かれた充実の作品集。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 角川とてぬぐい店"かまわぬ"のコラボの和柄ブックカバーシリーズ。
    私はてぬぐいコレクターでして家に100枚くらいあるのですが、これと同じ柄も持ってます。

    さて。
    志賀直哉は授業として習ったものと、「暗夜行路」しか読んだことはありませんでした。
    改めて読んでみると実に素晴らしい文章。ただ何ということもない情景が、実直で淀みない言葉で語られる。小説の神様なんて言われるだけある。


    『母の死と新しい母』
    著者の実体験エッセイ。
    妊娠中の実の母が悪阻が酷く寝込みそのまま他界した。
    やがて父に後添いの話が来る。実母が亡くなったときに泣き暮らした著者だが、実母の死と新しい母が来るということは、徐々に事実として受け入れていった。

    『清兵衛と瓢箪』
    瓢箪が好きで小遣いを瓢箪に注ぎ込み暇さえあれば磨いている12歳の清兵衛。
    そんな清兵衛と瓢箪との縁が断れて、その熱中を新たに絵を描くことに注ぐまで。

    『正義派』
    電車に轢き殺された幼い少女。
    目撃した工夫は証言を申し出る。だが雇われ人である彼らも強いことはできない。
    帰りに事故現場を通った。やりきれない、ああただやりきれない。

    『小僧の神様』
    秤屋で奉公する仙吉は、番頭たちの寿司話を聞いて自分も食べてみたくてたまらない。
    使いの帰りに屋台の寿司屋に入るが、彼のなけなしの銭では一貫分にも足りなかった。
    過ごすごと屋台を出るその様子をAという客が見ていた。Aは、この小僧にあまり目立たずに寿司を食べさせてやりたいなあと思うのだった。

    『城の崎にて』
    怪我の療養で城の崎を訪れた著者。
    蜂、鼠、蜥蜴のような小動物の死を目の当たりにする。
    普段は小動物を殺すことのあるし気にも止めないのだが、今はなんだか淋しい嫌な気持ちになってしまう。彼ら橋に自分が生きていることを感謝しなければすまないような気持ちだ。「自分が希っている静かさの前に、ああいう苦しみのあることは恐ろしいことだ、死後の静寂に親しみを待つにしろ、死に到達するまでにああいう動騒は恐ろしいと思った(P53)」
    だから滞在を早めて東京に帰ってきたのだ。

    『好人物の夫婦』
    秋の夜、夫婦の会話。
    夫が気ままに旅行に出るということで浮気を心配する妻。
    翌日妻は親族の病床に呼び出されて二ヶ月の留守をする。
    家にいた夫は、若い女中の妊娠に気がつく。
    妻も気がついたのだろうか、その場合自分が疑われるのだろうか…。

    『雨蛙』
    文学趣味の賛次郎は、妻のせきと行く予定だった知人の講演会に行けなくなり妻だけを送り出す。
    せきは美しく健康的だが、溌剌とした光を持たない自己を持たない女だった。
    翌朝宿にせきを迎えに行った賛次郎は、妻は別の宿に他の男女と泊まっていると聞き驚く。
    せきに聞くべきか、聞いたら多分正直に答えるだろう。
    そして賛次郎は、正直に答えたそのせきを愛おしく思うのだった。

    ===「暗夜行路」に別の結果を与えてみた、というかんじ。

    『焚火』
    山小屋での会話。
    雪道を歩きながら眠りそうになっていた自分を母が「呼んでいる」と迎えを寄越したという話。

    『真鶴』
    少年は幼い弟と下駄を買いに来た。だが海兵に憧れる少年は小遣いを海兵帽に使ってしまい、さらに旅芸人の女に惹かれて跡を着いて行く。どうしようもなく兄に手を引かれて歩く弟。
    遅くなり家に帰った母を見たときに、弟は本来の幼さを取り戻した。

    『山科の記憶』
    「Aという女がある。良妻賢母である。しかしこの女の一生でただ一度、はっきりとは意識せぬ恋を感じ、心をときめかしたことがある。それを良人だけがカンジダ、それと相手の男だけが感じた。しかし何事もなく、そういう機会もなく、そのままにそれは葬られた。Aという女も今はそのことを忘れている、Bという女がある、この女にも同じことがあった。しかしBという女はそのことを自ら意識さえしなかった」この場合、Bが妻だった。(P122)

    『痴情』
    女と分かれるように妻に言われた。
    女がいても妻への気持ちは減らないと言っても納得しなかった。
    女と別れて、最終の電車で家に帰った。

    『些事』
    京都まで仕事だといったが、本当は会いたい女がいたんだ。

    ===夫婦のちょっとした浮気心テーマが続くんだが、志賀直哉夫妻なにかあったのかな。

    『堀端の住まい』
    著者が山陰松山に住んだ時のことを書いたエッセイのようなもの。
    隣の家の雌鳥が猫に殺され、罠にハマったその猫を殺すという出来事について少し考える著者。

    『転生』
    あるところに気の利かない妻を持つ男があった。男は常に妻への不満を持っていたが、だがそれなりに彼ら夫婦は仲良く二世を誓いあった。次の世では、夫婦仲の良い狐になるか、それとも鴛鴦(おしどり)になるか。やはり鴛鴦になって仲睦まじく暮らそうと誓う。
    先に死んだ夫は鴛鴦になり妻を待った。しかし妻は、自分は狐になるべきか、鴛鴦になるべきかを忘れてしまっていたのだった。

    ===笑っていいの?いいよね(笑)

    『プラトニック・ラブ』
    私は昔通っていた芸者がいた。旧友にかけたはずの電話に出たのは彼女だったのだ。
    今更名乗るわけにもゆかず切ったが、なぜ彼女に電話をかけてしまったのか?この十五年ぶりのプラトニックラブに笑ってしまう。次に彼女と触れ合うのはまた十五年後だろうか。

  • 今年5月に初めて城崎温泉に行った。

    翌日帰る間際に、1軒ある小さな書店でこれを見つけて購入。
    ひさしぶりに角川文庫手にしたかも。
    この表紙はとても風情があってかわいい。

    こんなに有名な作家さんなのに、
    実はこれまで読んだことがなく、
    なのであの名作の「暗夜行路」なんかも残念ながら読んだことがなく、
    全くもっていい齢してお恥ずかしい限りですが、
    きっかけはともあれ、この時代の文学に触れ直すきっかけをもらった1冊。

    印象的だったのは「城崎にて」もさることながら、
    「母の死と新しい母」
    「小僧の神様」
    そして「雨蛙」

    追記
    志賀直哉が城崎を訪れてから、今年がちょうど100周年とのこと。わたしにとってもタイムリー。

  • 盆の送りも過ぎたころに城崎温泉へと行く。なぜか「城の崎にて」を梶井基次郎だと思い込んでいた。あの鬱々とした感じが梶井っぽいと思っていた。
    城崎温泉は川沿いに柳並木の情緒ある町並みの温泉街だった。串刺しの鼠もイモリも見つからなかったけど。
    ちょっと外れにある城崎文学館で本文庫を手に入れる。そういえばナオヤってほとんど読んでなかったっけ。

    なかなかよいです。ナオヤ。どうしようもない夫ばかりで。

    「オイ、一月半、旅行に行ってくる!」
    「あなた、浮気はしないでね」
    「じゃあ行かない!」

    という「好人物の夫婦」とか

    「あなた、愛人がいたのね」
    「いいじゃん、本気なんだから」

    という「山科の記憶』とか身勝手な男の言い分が楽しいくらい。これってこのころの「浮気は男の甲斐性」という時代には普通なのだろうか。

    しかも妙に艶っぽい。
    愛人がバレ、喧嘩したあと、

    …興奮に疲れ、疲れながらなお興奮している彼の妻が入って来た。

    で次の日、愛人に別れ話をしにいって

    …女の口は涙で塩からかった。彼は前夜矢張り妻の口の塩からかったこと
    を想い…、

    とほんのりとエロス。

    あと、妻が寝とれたと知り「堪らなく可愛いィ!」という変態な的な夫とかなんだかなぁ~。

    そう、この「なんだかなぁ~」という感じが志賀直哉の小説のテーマ。
    男の感じるこのアンビバレントな感情をはじめ、「小僧の神様」「のいいことをしたのに感じるイヤ~な感じとか「正義派」の空回り感とか、「城の崎にて」の偶然、イモリを殺したあとのやるせなさ、とかの「なんだかなぁ~」という「どうしようもない感情」を書かせたら本当に上手い。

    この感じが誰かに似ていると思ったら、「不貞の季節」とかの団鬼六でした。

  • 「城の崎にて」。淡々とした筆使いなのに、情景が鮮やかに起ち上がってくる。余計な言葉と感情は削ぎ落とされて、残ったものは表裏一体の生と死の存在。
    自分はまだ死に対して親しみが湧いたことはないが、そんな機会が訪れた時に思い出すかもしれない。生きるも死ぬも必然ではなく偶然であることを。
    普段読書はKindleなのだが、江戸切子のような表紙が美しいとの書評を読んで、角川文庫版を購入。正解だった。

  • 文豪作品強化中もしくは夏フェア本消化中。思いのほか読みやすかった。という言葉を文豪作品を読むたびに使っているのはさておき。昔の人が書いた。というだけで、敬遠していた作品が多くて、本当にもったいないことをしているなと思った。のもさておき。小僧の神様、真鶴は読みやすくて可愛らしい物語だった。一方で痴情や転生のような男女の機微をえがいた物語は、ものすごく大人の物語のように感じる一方で、特殊なフィルターがかかっているような不思議な雰囲気に思えた。

  • 中学?の国語の教科書に載っていた?あやふやな記憶を頼りに読んでみました。
    掲題作「城の崎にて」は圧巻でした。わずか8ページの短編ながら、身近な出来事から死への恐怖を連想させられます。
    本書は短編集ですが、他の作品も、日常のある部分を切り取り、鮮明なイメージを植え付ける「山椒は小粒でも…」的な作品が多いです。
    解説を読むと、この短編を描いた時期は、志賀直哉の私小説的部分と空想小説的部分が曖昧になっているとのこと。その事実を聞いた上で、妻の情事を聞き、がっかりしながらも心の底では興奮を禁じ得ない主人公を描いた「雨蛙」は、ぴりりを飛び越え、若干ぞっとします。
    「小僧の神様」は痛快なヒーロー小説?になっており、作者の幅の広さを再確認できます。
    空いた時間に読めるので、おススメです。

  • 人の心を拾うのがとてもうまいひとだなあと。描写や表現がこのうえないくらい的確なのに、とくべつ凝った書き方をしているようにも見えない。素直に読ませてくれる。それがすごい。

  • わたしはふだん、装丁なんかどーでもいい、本は中身、装丁はいいから安くしてくれ、とか、とんでもないことを思っているが、この本は異様にカバーに惹かれ、なんの脈略もなく志賀直哉。たぶん三十年ぶりくらいの志賀直哉。
    いや、でも、おもしろかった。ものすっごく短い短編ばかりだけれど、文章が濃く、なんというか水気のあるというかしっとりしているというか。話もどうとはいうことがないのだけれど印象深い。「小僧の神様」なんてすごく好き。「転生」もおもしろくてキュートで好き。
    こういう日本文学もやっぱり読まないと、と思った。
    短編より長編が好きなので「暗夜行路」読もうかな。

    • niwatokoさん
      お久しぶりです! ありがとうございます、思いがけず再会?できてすごくうれしいです。わたしもフォローさせていただきますね、よろしくお願いします...
      お久しぶりです! ありがとうございます、思いがけず再会?できてすごくうれしいです。わたしもフォローさせていただきますね、よろしくお願いします。
      (よければまたご連絡させていただきたいです。ツイッターならniwaniwaniwa27でやっているのですが……)。
      2012/09/13
    • meguyamaさん
      フェイスブックなら実名で登録しているのですが、ツイッターはアカウント持っていなくて・・・でも、今ツイート少し読ませていただいたら共感の嵐でし...
      フェイスブックなら実名で登録しているのですが、ツイッターはアカウント持っていなくて・・・でも、今ツイート少し読ませていただいたら共感の嵐でした。これを機会にまたお付き合いしたいです。私がツイッター始めればいいのかな?
      2012/09/13
    • niwatokoさん
      ありがとうございます、すみません、ツイッター、ろくなこと書いてないんですけど…。わたしはフェイスブックやってなくて。メールアドレスをどうにか...
      ありがとうございます、すみません、ツイッター、ろくなこと書いてないんですけど…。わたしはフェイスブックやってなくて。メールアドレスをどうにか交換できればいいですよね、ちょっと考えます~。すっかり本の話じゃなくなってますが(笑)、「暗夜行路」読みます~。
      2012/09/14
  • 『城の崎にて』
    電車に跳ねられた「自分」は怪我で東京病院に入院後、兵庫の城崎温泉に赴く。
    そこで生きている蜂の中で虚しく死んでしまった蜂を見ては、誰も気にはしないんだなと虚しくなる。
    次に「自分」は首に串の刺さった鼠が石を投げられ逃げ惑う所を目撃する。その後水に落ちるもどうにか助かろうと一生懸命に泳ぐ。その必死に逃げる様に「自分」は寂しい嫌な気持ちになる。
    脊椎カリエスになることを怯えながら生きる「自分」が、あの蜂や鼠に重なり「生」と「死」は必ずしも両極端なものではなく、隣り合わせなものだと「自分」は気づく。

    生き物一つ取るにしろ作者の情景描写が秀逸であり、鼠が死に対し逃げ惑う所は生々しく目を背けたくなった。でも、正直何故この作品が有名なのかが凡人の私にはわからない。

  • 有名なだけあって、「小僧の神様」が一番普通に面白かった。

全45件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

明治43年、東大国文学科中退と同時に、親友の武者小路実篤らと雑誌「白樺」を創刊。長篇に「暗夜行路」ほか。緊密な描写による中短篇作品群は、近代日本文学史上評価が高い。昭和46年没。

「2012年 『城の崎にて・小僧の神様』 で使われていた紹介文から引用しています。」

志賀直哉の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ジェイムズ・P・...
フランツ・カフカ
ヘルマン ヘッセ
伊坂幸太郎
三島由紀夫
ヘミングウェイ
有効な右矢印 無効な右矢印

城の崎にて・小僧の神様 (角川文庫)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×