- Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
- / ISBN・EAN: 9784046021939
作品紹介・あらすじ
「バックパッカーの神様」ともいわれる旅行作家の下川裕治氏が20年来温めてきた企画、玄奘三蔵の歩いた道を辿る旅を綴った書き下ろし新作。
数千円で行けるルートをあえて使わず、数万円をかけて越えた国境。
富士山頂なみの高所で氷点下に震えたかと思えば、灼熱のパキスタン・インドで狭いベッドに2人して寝る寝台列車。
「風の谷のナウシカ」の舞台とも言われる絶景を眺め、今夜の寝床もわからぬまま突き進むタクラマカン砂漠……。
7世紀に行われた玄奘の旅路を可能な限り再現するため、
普通の人なら絶対行かないルートを辿ったバックパッカーが、
21世紀に決行した旅路の果てに見たものとはいったい!?
感想・レビュー・書評
-
旅好きでもなぜか読めない旅モノもあったりするけど、これはすんなり。いい年して数千円の差をケチったりするのは、めんどくさくてやらなくなってしまった自分だけど、作者はまだそれをやっていて、リアルに金がないとかではなく、もうそういう気質なんだろうなぁと思う。もうこの年でインドで列車乗るなら1等しか考えられない。にしても、インドの駅で切符買うのはやりたくないなぁ。あれだけたらい回しにされて、事実は何かもはっきりしないし、発狂しそう。
少し前に「天路の旅人」を読んだばかりだけど、どうも西域の地理が全然覚えられない。地図を書けと言われたら書けない。この度は三蔵法師のルートをできるだけ純粋に辿ることに主眼を置いてるけど、こうして後世にもそのゆかりを訪ねる、沢木耕太郎的に言うと"酔狂な"旅をする人が出てきたり、井上靖だって西域研究していたし、西域というのは、なぜかその面積そのままに広大な浪漫を感じるエリアなんだろうと思う。
ウイグル関連のエピソードを読んで、作者いわく"魔王"的な支配管理をする中国という国が嫌いになった。や、もちろんいろいろな人がいるし、中国と一括りにして嫌悪感を抱いてはいけないと道徳の授業並みに頭では分かってはいても、正直ムリ。と同時に、生きていくためには従属せざるを得ないウイグル人たちのやるせない現実も初めて具体的に知れて良かった。状況は異なれども、ちょうどチベット難民居住地を訪れたばかりだったから、ここにも中国の被害者が…と思わずにはいられなかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
-
玄奘が通ったとされる道をたどる旅行記。
時代も大きく変わり、何より旅の目的も違うので玄奘と同じ思いを持つというのは難しいのかもしれない。
ただ玄奘の見た景色、食したもの、過酷な気候など当時と変わらないものもあるはずだ。筆者の文章を通して玄奘が感じたことの一片でも理解できていたらと思った。 -
下川裕治が仏教に関心があるとは知らなかったが、三蔵法師こと玄奘がたどったとされる行路を鉄道、バス、乗合タクシーなどを使って、相変わらずの貧乏旅行をした旅行記。
玄奘の時代も旅のリスクは大きかっただろうが、現代も国境問題があってアフガニスタンに入れず一部行程を断念したり、中国のウイグル地区では中国政府によるやたらと厳しい検問や外国人のホテル利用制限に苦労したりした。特に、新疆ウイグル自治区におけるウイグル族への監視は、最近も世界各国から批判されているが、相当厳しく抑圧的であったようで、著者も「魔王がいる」かのようだと言っている。
それに比べると、キルギスやウズベクあたりはかなり自由な感じらしい。そもそも、キルギスもウズベクも縁遠いので、どんなところかあまりイメージもないが、豊富に挿入されている写真を見ると、そのエキゾチックな感じに興味が湧き、よい季節に訪れてみたいと思う。
道中、様々なトラブルが押し寄せるが、必死の努力と幸運で乗り切っていく。中国語のできるカメラマンの同行という要素も大きいが、やはり、著者のバイタリティと世界各地を自力で廻った旅の経験値の賜物なのだろう。簡単そうに見えて、ちょっと真似ができそうもない。 -
2019/08/09
-
著者の数多くの旅行記の中でもやや異色作。それは玄奘の足跡を辿るという学術的(?)なテーマを持つ事と、中国から中央アジアを抜けてインドに至るという、政治制度や文化は無論、交通事情の違いや激しい気候の変化が一冊に盛り込まれている点。現代でも過酷な旅なのに、玄奘の頃は如何ほどだったかという想像を掻き立てられるが、一方で玄奘は著者と異なり、各国で手厚い保護を受け、多額の資金と大勢のスタッフを抱えた旅行でもあった。著者がルートを実体験する中、度々玄奘の人となりや考えていた事に思いを巡らす箇所があるが、高僧であったのと同時に、人物鑑定や各国のパワー関係を見極める目、援助を引き出すプレゼン力といった逞しさや強かさを併せ持ち、またあれほど長い旅を成し遂げた事から、旅に取り憑かれた一面もあったのではという見方は、旅程をなぞった人ならではの実感として説得力を感じた。文中頻繁に描写される中国政府によるウイグルへの締め付けをはじめ、辺境の有様は一般的に中々知る事が出来ない。現地事情の紹介という意味で旅行作家版の西域記でもあった。
-
続きが気になって夢中になりながら読んだ。
google map開きながら、景色を想像しながら。 -
2019年4月読了。
相変わらず過酷な旅行の下川さん、64才。
今回は西安→カシュガル→ビシュケク→サマルカンド→ブハラ・テルメズ、いったん帰国してペシャワル→ガヤ→デリー→イスラマバード→カシュガル→敦煌→西安、というルート。
別件だが最近「到達不能極」という概念があることを知った。大雑把に言うと地球上で最も海岸線から遠い場所ということらしく、「新疆ウイグル自治区のウルムチから北におよそ320kmほど離れている」(wiki情報)場所とのこと。
旅行というとついつい海沿いに行きがちだが、こういう果てしもなく続く砂漠、山脈も過酷そうだが興味はある。
68ページ、一帯一路構想は新疆ウイグル自治区にも着実に迫ってきているらしい。「到達不能極」も名称変更が必要かも。
230ページ、大乗仏教と上座部仏教(小乗仏教)の違いが端的に書かれている。雑に言うと皆が救われるのが大乗仏教、修行を積んだ人だけが救われるのが上座部仏教(違かったらご教示下さい)。
235ページ、仏教上の「空」の概念。
329ページ、「中国人が汚いといった部屋に、日本人が嬉々として泊まる時代か……。」そういう時代を生きているということ。日本は貧しい。
366ページ、旅に達成感を求めると、いつまでも納得には至らないかもしれない。