差別と日本人 (角川oneテーマ21 A 100)
- 角川グループパブリッシング (2009年6月10日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
- / ISBN・EAN: 9784047101937
作品紹介・あらすじ
部落とは、在日とは、なぜ差別は続くのか?誰も語れなかった人間の暗部。差別への無理解と、差別が差別を生む構造。
感想・レビュー・書評
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差別とは?
部落差別 朝鮮人差別
本人だけではなく家族として関係するすべての人々に影響する
そして根が深い
現在あるこのような差別が 始まったのは 明治期からのようだ詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
自民党幹事長や内閣官房長官などをつとめた野中広務は、自民党の政治家には珍しく弱者救済に力を注いだ人だが、その背景には、京都の被差別部落で生まれ育った彼の出自があった。
その野中と、在日として生まれ、一貫して弱者支援にかかわってきた辛淑玉の、日本社会の差別をテーマにした対談集。中心となるのは部落差別と在日差別だが、それ以外にも沖縄差別やハンセン病患者差別などが俎上に載る。
この本は、すでに37万部も売れているそうだ。部落差別や在日差別の歴史を知らしめる本がベストセラーとなって広く読まれることは、意義深いことと思う。
対談の合間合間に、辛淑玉が執筆した「解説」が挟まれている。おそらく、全編の約半分はその「解説」だろう。したがって、対等な対談集というより、辛の著書に野中が“ゲスト出演”した、という趣だ。
また、肝心の対談にも、辛と野中の間には少なからぬ温度差が感じられる。話がかみあっていない部分もあるし、辛の過激な挑発を野中が受け流してしまう部分も目立つ。
要は、対談集としての出来はあまりよくない本なのだ。
しかし、そのことは本書の価値を少しも減じていない。辛による「解説」にはすさまじい熱気がこもっているし、野中に対して聞きにくいことをズバズバ聞きまくる激越な質問者ぶりがすごい。
たとえば、辛は野中に、“あなたは部落出身なのに、なぜ「国旗・国家法案」を推進したのか? なぜ国家公安委員長になったのか?”と問う。
《国家公安委員長っていうと、なんか朝鮮人と部落民を監視する人だな、と。なんでそんな職務についたのかなとか思って。》
果ては、「昨夜石原(慎太郎)と飯を食ったんですよ」と言う野中に、「え? なんで(差別主義者の)石原さんとご飯食べられるんですか。なんで!?」と食ってかかるのである。
思うに、野中は徹底したリアリストであって、権謀術数渦巻く政治の世界に首まで浸かって、柔軟な妥協をくり返し、ときには敵と呉越同舟もしながら、少しずつ現実を変えてきたのだろう。しかし、いささか原理主義的で融通のきかない辛には、野中のそうした柔軟さが「迎合」と映ってしまうのだ。
そのへんのズレが、本書の対談としての欠点であると同時に、面白さにもなっている。
読んでいてとくに印象に残ったのは、阪神大震災がらみの話。
阪神大震災における在日の死亡率は、日本人の1・35倍以上だったという。「戦後の復興の際の差別によって」改善の遅れた「在日の密集地」が、とくに壊滅的な状態になったためである。
震災後、部落解放同盟の人々も被災者救済に尽力したが、彼らはそこでも差別に直面した。
震災直後に被災地入りしたという辛は、そこでの見聞を次のように書く。
《全国の部落から届く「解放同盟」の名前が入った段ボールに詰められた救援物資が山積みとなっていた。その物資を配っていた人の一人が、「この箱のままでは配れませんね。嫌がる人もいるでしょう」と言ったという。
彼は、物資を受け取る人の差別的な感情は理解しても、助けようとした人たち、物資を集めた人たち、あの状況下で物資を運び続けた部落の人たちの思いは理解しなかった。》
また、魚住昭の『野中広務 差別と権力』にも描かれた麻生太郎の差別発言(「部落出身の野中を総理にはできんわなあ」うんぬんというもの)については、本書でも言及されている。とくに、麻生を「差別意識が体の中に染みこんでる」と評する辛の麻生批判は激烈を極める。
《麻生氏は、植民地支配で財を築いた麻生財閥の中でぬくぬく育って、首相にまで上り詰めた。
麻生財閥を構成する企業の一つ、麻生鉱業は、強制連行されてきた朝鮮人を強制労働につかせ、消耗品の労働力として、その命を紙くずのように扱った。
(中略)
また、麻生炭坑は部落民を一般の労働者と分け、部落民専用の長屋に入れて奴隷のように酷使した。
(中略)
天皇家と縁戚関係をもち、いつも上から目線で見る麻生太郎の目には、朝鮮人も部落民も同じく消耗品であり、人の数には入らなかったのだろう。》 -
元衆議院議員野中広務と人材育成コンサルタント辛淑玉との対談集。激しく差別される人生を余儀なくされた二人の言葉が突き刺さるようだ。特に辛氏の野中氏に対する「突っ込み」があまりにもストレートで、それに対する野中氏がまるで「ぼけ」役にまわった感があり、会話の空気感がそのまま伝わってくるようだった。二人の戦い抜く姿勢、世の中を変えようとする気概は、この本がかかれた20年以上たった今もなお必要とされていると思う。
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差別問題について興味があるので手を取りました。
関東大震災の虐殺について初めて知り、恐怖を覚えるとともに、自分の国の問題について、他にも本を読み、より知ろうと思いました。
石原慎太郎の数々の差別発言について、被差別者でなくとも不快に感じていましたので、取り上げられていて良かったです。何でこんな弱者に優しくない人に、弱者であるお年寄りは投票するんだろう?って昔思ってました… -
差別問題に関心を持っていたので読了、本日読了です。
「部落」という出自と闘い続けた政治家・野中広務さんと、「在日」という出自と向き合い構造的暴力・差別問題に積極的に取り組んできた辛淑玉さんとの対談本です。
といっても、解説部分も含めると辛さんの分量が圧倒的に多い。確かに部落差別、在日朝鮮人差別の話題は多くの日本人が無知だったり関心を持っていなかったりする内容なので、辛さんの解説はそういう人に対しても対談を読み解く上で必要かつ丁寧な考える材料を与えてくれてはいます。ただ一方で、解説でありながらやはり全体として辛さんの主張が強いなぁと感じるところもあり、私としてはもっと野中さんの意見、考え方も聞いてみたいと思いました。
そういう点はあるものの、部落差別、在日朝鮮人差別、女性差別を考える上で、この本の内容は私が初めて知ったことばかりでした。「男女雇用機会均等法」や「国旗国歌法」等、人権問題に関係する法案が成立する裏舞台が語られているというのもあります。戦後未処理問題もそうですし、政界の差別体質も改めて考えさせられる内容でした。ただ、個人的に感銘を受けたのは、「同和対策事業」や「エセ同和」等、「部落」を利権のダシに利用する体質を批判するということを野中さんがやっていたということです。「部落出身者であってもまじめに、真剣に働け。それでもなお差別されたら、その時は立ち上がれ」(p.6)という信念は、まさにそういう信念を持たなければ立ち向かえない部落差別の現実というものがあったことを考えさせられます。
また、辛さんの「差別は享楽なのだ」(p.70)という言葉が深く刺さりました。結局、劣等感や優越感に振り回され、「人よりも上に立ちたい」あまり上に立っていないと精神のバランスを保っていられない心の弱さ、貧しさが差別を生むのだということを、よくよく考えなければいけないと思いました。 -
知れば知るほど、簡単に語れない でも読書を続けるテーマ
なかなか簡単に感想を書けない本。
なぜ、差別が無くならないのか?
差別に関して辛さんは冒頭
「差別とは、富を独り占めしたい者が他者を排除するために使う手段である。そして、この差別は、する側に何とも言えない優越感を与える享楽でもある。」
と述べています。
既得権益を持つ人がそりゃ辞めないだろうな、というのの例として石原慎太郎と麻生太郎が挙げられていました。
自分が出来ることはもっと調べて、勉強して、こういう人たちに票を投じないことなのかな、と。もっと、知らないことを知っていかないといけないと思いました。
私の中で部落差別は豊臣秀吉からという認識だけど、それも認識が違っているかもしれないですし。
読書ノートを読み返してみると
・知っていますか? 部落問題 一問一答 第3版 (知っていますか?一問一答シリーズ)
の第一版
・だれも書かなかった「部落」 (講談社+α文庫)
・水平社の源流
と、続けざまに読んでいるのは当時学校の授業か何かで衝撃を受けたのかしら。
読書ノートの最初のページで感想とかまだ何も書いてなかった頃なのでわからないのですが、ここから
・日本人対朝鮮人―決裂か、和解か? (カッパ・ブックス)
あれ、辛さんの本読んだことがことがあった。しかも16年前に。
・破戒 (新潮文庫)
これは文学チャレンジの一環、という趣が強いけど。と次々と読んでいました。
そこから時が経つこと7年。
・隔離―故郷を追われたハンセン病者たち (岩波現代文庫)
・「隔離」という病い―近代日本の医療空間 (中公文庫)
・新装版 わたしが・棄てた・女 (講談社文庫)
ハンセン病と
・犯人―「狭山事件」より
狭山事件。
あれ私この段階で読んでいたのか。
さらに3年後
・橋のない川〈1〉 (新潮文庫)
これは実家にあったのを読み始めたけど、実家を出てしまってそれっきりだ。
最初から読み直しだな。
で、
・狭山事件 ― 石川一雄、四十一年目の真実
また狭山事件に至る、と。
こういった本を読めば読むほど、簡単には語れなくなってきます。
それを積み重ねる事が、相手の事を知り、相手の嫌がることはしない人間になれることなのかな、と今まで読んできた本を並べてみて感じました。
今後も、引き続き読書を続けていくテーマなのだと思っています。 -
「自分は他者より優位だという感覚は「享楽」そのものであり、一度その享楽を味わうと、何度でも繰り返したくなる。」p.70
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良い本。
できれば10 代のうちに、しっかり読んでおくべき本。
題名の「差別」以前に、物の考え方のイロハを体感させる一冊。 -
野中広務が現役の頃は、好きではありませんでした。裏で色々やっているという印象が強くて。
でも、彼が政界を引退してから、時々彼の発言なりを見聞きするようになり、印象が変わっていきました。
そして、この本を読んで、彼のような政治家が今の自民党にいたら、ここまで酷いことにはならなかったのではないかと思いました。
自らの出自のこともあり、「痛み」を知っているから、弱い立場にある人のことを考えることができる。国民の生活を知っている。
そういう政治家が現在、どのくらいいるのだろうかと思う。
差別がどうして起こるのか。「自分はあの人(達)とは違うんで」という優越感に浸りたいからなのか。
人が差別をするとき、何を根拠にするのか。「あの人と私は違う」というところ?
でも、人にどれだけの違いがあるというのだろうか。
そんなことを思いながら、読んだ。 -
読んでいて重くなる本.だが,向き合わなければならない問題.
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部落差別、朝鮮人差別がどのように行われてきてどう変わってきたかを説明する本
単純に面白くなかった。興味と合わない。
遠い場所の過去の歴史として見えてしまうなあ。
当事者意識を持つべきかも難しい -
小学生の高学年だったか、中学生になってからだったかは
忘れたが、学校で「部落差別に関する映画を観る」という
授業があった。
私の耳には「部落」が「ブラック」と聞こえ、「なんで日本で
黒人差別の映画を観るんだろう」と思った。
長じて私の住む埼玉県内でも北部では被差別部落が多くあること
を学んだが、身近に被差別者がいない環境で育った。
否、幼くて気が付かなったかもしれない。だから、映画の内容は
衝撃だった。同じ人間なのになんで出身地域ごときで差別され
なきゃいけないんだ?鑑賞後の感想にそんなことを書いたのは
覚えている。
本書は被差別部落出身の政治家・野中広務と、在日朝鮮人の作家・
辛淑玉との対談ということで興味があった。だが、少々期待外れ。
野中広務が語る自身の被差別体験は凄まじい。そしてただ単に
「差別をなくせ」と声高に叫ぶのではなく、被差別者たちも
所謂「同和利権」にしがみついてばかりではいけないと、この
利権を正すよう実際に動いている。
ただ、野中広務の話が辛淑玉を途中でぶったぎっているような
印象を受けるのは対談の内容を文字に起こした編集者の腕の
なさか。
勿論、在日朝鮮人として生まれ、差別と闘って来た辛淑玉の
体験も野中に劣らず凄まじい。彼女の活動によって家族が
ばらばらになってしまうのだから。
対談途中には辛淑玉による解説もあるのだが、これも少々内容を
邪魔なのではないかと感じた。
野中広務についてはやはり本格的な評伝を呼んだ方が良さそうだ。
差別はいけない。だが、そこここに差別は依然として存在している。
何かを理由に他者を差別することで自分の優越性を確認する作業と
して。そして、優越感に浸るという享楽として。
アメリカで過激な人巣差別的な言動を繰り返した人物のDNAを調べ
たら、黒人のDNAが見つかったなんて話もあった。
日本でも同じようなことがあるかも知れないよね。 -
過去の事例を客観的に学びたくて読み始めたけど、筆者達の主観が強くて疲れた。話が逸れがちになるので、対談形式は苦手だ。
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いやいや、政治家というのは立派なものだな、というのが率直な感想。
野中広務氏が亡くなられてことをきっかけに読んでみたのだが、これまで政治家の言葉を読んだことがなかったというのもあって、単に選挙に長けただけではなくやはり一角の人物なのだな。
書名に掲げられたことについて何かを知りたかったり、考えるときの最初の一歩として相応しい本だと思う。
<blockquote>差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。(P.19</blockquote>)
<blockquote>まず、差別をするという実態が先にあり、それから「部落民」が作られ、「被差別部落」という空間が形成される。逆ではないのだ。差別する側があいつは「部落民」だと決めれば、そこから差別が始まる。要するに、関係性の問題なのだ。(P.79)
</blockquote>
<blockquote>差別とは、富や資源の配分において格差を儲けることがその本質で、その格差を合理化する(自分がおいしい思いをする)ための理由は、実はなんでもいいのだ。(P.168</blockquote>) -
日経BPの書評で気になっていたのだが、まさにそこに書いてあったとおり。噛み合わない二人だが、最後に個人的な話に入ると、思いが急激に噴き出してくる。家族だけは守らなきゃいけない。でも、それもままならない。自分が差別されるより、自分が愛する人が差別される苦しみ。自分にその原因があると責める苦しみ。分量的には軽い読み物だが、中身は意外な生の声の重みがある。
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高い知性と強い行動力を持つ2人の対談からジクジクとあぶりだされてくる差別の現実。重く心に刺さる。それぞれが抑えきれずほつりと漏らす家族への思いに涙する。
<blockquote>P45 野中氏が足を踏み入れることになった自民党は、学識を必要としない社会だった。いわんや世界観や、理想や、見識や、文化的視座や政策科学的合理性など全く必要ない。「自民党」とはつまり、選挙での敵など、手っ取り早く攻撃可能な相手を見つけては、とにかくこれを叩くことでのし上がってきた人たちの集団である。
P69 こみ上げる無力感、人間不信、見下されたその視線、自分の費やした時間、思い、消し去ることのできないレッテル、どれ一つをとっても、心を殺すのに十分な一刺しだった。ここで広務青年が出した結論は、相手を叩くことではなく、より「立派な人になる」ことだった。おそらく、叩くという選択肢は最初から彼にはなかったのだろう。あれば、もっと楽になっていたかもしれない。しかし、公にした後の様々な影響を考えると、それはできることではなかった。だからその悲しみを自分一人で受け止め、背負ったのだ。</blockquote> -
知らなかったことが多かった。ここまで発言できるまでには、並大抵の苦労ではなかったことが十二分にわかる。
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部落問題と在日朝鮮人問題を中心に。
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うーん、辛さんがどういう本を作るつもりだったのかがわからないからあれだけど、普通にこの表紙を見て中をパラっと見て読み始めるものはこれを二人の対談、として期待すると思うんだよね。そう思って読むと野中さんの比重が少なすぎるし、何より彼女の主張が声高過ぎて全然野中さんの深いところまで話が聞けない。(まあ政治的立ち位置が違い過ぎで色々お互いに気を遣う部分もあるんだろうけど)
それでも野中さんもあとがきで触れてた最後の部分はずーん、と心に響く。 -
前の職場の上司に勧められていたのだが、長らく読んでいなかった。
園部町ご出身とは!乗り換えの駅だ。 -
日本人の差別意識は根深い。根深くて陰湿。閉鎖的。本書では辛さんの主張の強さが際立つものの、その解説によって差別の歴史や内容が分かりやすく説明されていて、勉強になった。野中氏の苦悩や功績も知らぬことが多く、私たち日本人はもっと学び反省し改善し、理解しなければいけない、と、痛感しました。
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色々考えさせられた
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外交下手と言われる日本の政治家の中で
野中広務ってこんなに国際的な感覚を持ってる人とは知らなんだ。
流石にベストセラーだけに
差別が分かりやすく書いてある。
太郎さんの「下々の皆さん」なんて実に分かりやすい。 -
野中さんてすごい人だね。
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部落出身者である野中広務さんと、在日である辛淑玉さん。被差別者として日本で生きて来たという共通点を持つ2人の対談。
対談というより、辛さんの注釈に対談が挟まっている感じでした。
逆だったほうが読み応えがあったかも。
普段、大多数の日本人は意識することがないであろう差別問題について考えさせられる本。
耳に痛く、賛否はあろうが、差別問題そのものは日本人が今後向かい合っていかねばならない現実だと思いました。
対談の最後の2人が家族について語る部分に心を抉られました。 -
辛さんと野中さんの対談をまとめている。辛さんのコメントが全体をまとめる働きをしている。差別で苦しんでいるものがいるという事実に目をそらせてはならない。少なくとも自分自身は差別をするような人間にならないように振る舞うことで少しずつ社会をよくすることができると思う。
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途中、野中広務が長年我慢してきた本音を少し漏らすが、何度読んでもそこで落涙を禁じ得ない。
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ジェンダーの問題の前に読んだが、日本でのマイノリティの根深い問題を考えさせられた。心が痛い。