短くて恐ろしいフィルの時代

  • 角川書店(角川グループパブリッシング)
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  • Amazon.co.jp ・本 (143ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784047916449

作品紹介・あらすじ

小さな小さな"内ホーナー国"とそれを取り囲む"外ホーナー国"。国境を巡り次第にエスカレートする迫害がいつしか国家の転覆につながって…?!「天才賞」として名高いマッカーサー賞受賞の鬼才ソーンダーズが放つ、前代未聞の"ジェノサイドにまつわるおとぎ話"。

感想・レビュー・書評

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  • 国民が一度に一人しか入れない、小さな小さな〈内ホーナー国〉と、それを取り囲む〈外ホーナー国〉という設定だけで既になにやら可笑しいのに、どうも人物たちも人間の形ではないようなのだ。

    こんな、奇妙でユーモラスな物語、訳すのはさぞかし大変だろうな、と思うけれど、喜々として訳してやっしゃるようにも思われる。
    岸本さんの書かれるエッセイと通ずるものがあるようだ。(私はふと「枕の中の行軍」を思い出した。)

    フィル。フィルは恐ろしい。
    恐ろしいけれど、目が離せないのは、ある集団には必ずいる人、どんな人の中にもその片鱗がきっとあるに違いない人、だからかもしれない。

    でも、教訓として読んだらつまらない。ただ、奇妙で、ちょっとシニカルで、くすくす笑ってしまう物語として、楽しんで読めばいいのだと思うよ。

  • 広大な外ホーナー国の中にある、小さな小さな内ホーナー国は、あまりにも領土が狭くて、国内にいれるのは一人だけ、残りの六人の国民は、外ホーナー国の一時滞在ゾーンに身を寄せ合い、交替で国に住んでいる。偶然国境を通りかかった外ホーナー国のフィルは、内ホーナー人が国境線からはみ出したことで言いがかりをつけ、内ホーナー人たちを迫害し始め…。

    童話のような語り口と荒唐無稽な設定。内ホーナー人も外ホーナー人も、いわゆる我々の想像する人間の形態はしておらず、ネジがあったり蓋があったり排気口があったり、かと思えば枝や植物、角が生えていたり、植物なのか機械なのか爬虫類なのか、なんともいえない独自の生物で、一体一体それぞれ形が違っている。一応脳みそはあるけれど、落っことしても拾えば平気。

    子どもむけファンタジーかと思いきや、フィルの内ホーナー人に対する迫害はどんどんエスカレート。税金を取り立て、払えなければ土地を奪い、身ぐるみはいで、あげく反撃されると「解体」してしまう。解体とは彼らにとって人間における死を意味する大変残虐な行為にあたる。フィルは親友隊として巨体・怪力の双子を雇い、市民軍を味方につける。次第に誰もフィルに反論できなくなってゆく。

    たいへんベタだけど、ユダヤ人を迫害したヒトラーを彷彿とさせられた。フィルのキャラクターは戯画化されており、基本的にはコミカルなのだけど、いつのまにか大統領に成り代わり独裁者となっていく様子にはぞっとする。内ホーナー人は次々解体され、彼らを庇おうとした市民軍の女性外ホーナー人も解体。役立たずのマスコミがやってきてフィルを煽るが責任は取らない。

    ヒトラーに限らず、人間のやってることそのままで、人類とはかくも滑稽なものかと思い知らされる。可愛らしさでコーティングされた毒物のような1冊でした。

  • こんなに笑える虐殺があるだろうか…?
    とだけ言うと、何を言っているのかとゾッとするだろうし、私自身もゾッとしている。
    でも、面白い。
    でも、虐殺なのだ。
    脳が滑り落ちるとカリスマ的独裁者になるというのが秀逸。
    1場面1場面が焼き付いて、読み終わってしばらく経っても離れない。
    これほんとに今の日本がモデルじゃないんですか?
    もっと前に書かれた?
    そうですか…。

  • ゾワっとする面白さ。

    一気に読めた。そして、いまのあたしが生きる時代にぴったりの寓話だった...

  • お腹を抱えて笑いながら読んでいた。
    と同時に、あることに気付いた。これは、寓話だ。

    登場人物は、人間でも動物でもなく部品の集まり。あまりにも小さいので一度に一人しか国民が住めない国と、その外側にある広大な土地をもつ国。
    外の国から内の国への圧政、恐怖心を煽る独裁者、無能な大統領、付和雷同の補佐官、中身のない報道をするマスコミ。
    冷静に読むと悪夢。

    ユーモラスな展開にお腹を抱えつつ、どうかこんなことが現実に起きませんようにと願う。

    p142
    「この本は、世界を過度に単純化し、〈他者〉とみなしたものを根絶やしにしたがる人間のエゴにまつわる物語なのです。私たち一人ひとりの中に、フィルはいます」。

  • 発売の時から気になっていながら読みそびれていた本。鮮やかな表紙と小口染めがインパクト大。

    ある日、内ホーナー国に突然起こった自然現象と、外ホーナー国のカフェでくつろいでいた、フィルという名のただのおっさんが内ホーナー国に対して抱いた感情から始まる物語。フィルが内ホーナー国の人々に吐く言葉は激しく、国の行く末を憂える人々(自称)が日々ネットに書きこむ言葉に似ている。それが、ごくごく個人的な感情や出来事に端を発していることも、かなりの確度で似ているのではないかと思ったりする。嫌悪感を抱きつつ、自分の中にもそういう片鱗があるのかも…もごもごもご、という感じもじわじわと。

    フィルをはじめとする人々の言葉と振る舞いに、教訓や戒めを求めることは簡単だと思うけれど、そういうことは頭の片隅に置いておき、舞台となる「内ホーナー国」や「外ホーナー国」の設定をなぞりながら、小説脳をフル活用してイメージを楽しむ作品だと思う。国名からしてすでにヘンすぎるし、その住民たちも相当に不思議なビジュアルと構造である。両国の人口比って、どうなんだ、これ?フィルはあるタイミングで身体のパーツを落っことすし、両ホーナー国の隣国の習慣も妙…意外なほどにSF感に満ちた物語だった。

    著者・ソーンダーズは「小説家志望の若者に最も文体を真似される小説家」の異名を持つらしく、会話のキャッチーさと、きっちりした地の文にほどよくまぶされたユーモラス加減がグッドバランスだと思う。しかも、岸本佐知子さんの絶妙に毒の効いた軽やかな訳がワンダフル。岸本さんの翻訳作品ではいつも、本編と同じくらいに「訳者あとがき」を楽しみにしているのだが、今回も、怖くて面白悲しく、そしてポップなこのお話を明晰に解説してくださっていて爽快だった。

  • 帯読んで、カバー読んで、そしたらなるべくそれ以上の「訳者あとがき」やレビュー的知識を入れずに、まず本文から読んでください。
    そしたら、「訳者あとがき」が生きます。

    タイトルにあるように Brief ではあるのだが。
    読み終わって、ほぉーっと息を深く吐き出した。
    諦めが少しと希望がもっとたくさん、吐き出した息には混じっていたはず。
    不思議に不安で、でも不敵に楽観的になって。

  • 何度となく同じようなことを言っているかと思うけれど、本を読むという行為は自分の中にある思考の欠片のようなものと本の中の言葉を結びつけて、「勝手に」様々なことを思いついたり考えたりするようなものだと思う。恐らくは作家の意図した以上に、読者は一つ一つの言葉に敏感に反応し、何かを読み取ろうとする。それに何も悪いところがある訳ではない。しかしソーンダーズのこんな作品に巡り合うと、それで本当にいいのかな、とも思ってしまう。

    ここに正義のようなものやテロのようなものの隠喩を見い出すのはそれ程難しくはない。でもそんな倫理観をかざして何かを読み取ろうとすることは、本当に詰らないことだ。例えば手の込んだ一粒のチョコレートを味わう時、それが何故美味しいかは問う必要のないことだと思う。美味しいと感じること、それが全てではないだろうか。この本も何かを読み取ろうとするのではなく、どこまでもナンセンスな物語を頭の体操のように読んでみてもいいんじゃないだろうか、と思ってしまうのだ。

    そう言明してみて少しすっきりするものの、一方で不安にもなる。我ながら実に小心者だと思う。不安になるのは、結局そういう感覚的なものに言及すると、ある言葉に突き当たってしまうからだ。「で、解るの?」、と。

    ここで「何故美味しいかは問う必要がない」なんて断言できるのなら、「解る必要はない」と言い切ってもいい筈だ。但し、ここで言う「解る」とは、まだ理解という意味を含んでいる。その部分は「理解する必要はない」と言い切ってもいいと自分を納得させることはできる。問題は「解る」に含まれるもう一つのニュアンス「感じる」という部分だ。それは「感じる必要はある」のだと思う。それが無ければ本を読む楽しみも何もない。

    ところが「感じる」と言った瞬間、何を感じているのかが問題となり、それがお門違いじゃないだろうかと不安になる。不安になるものだから理屈をこねて「解る」つもりになりたがる。それが野暮だと理解していても。解るって単純で面白みのないことだけれど、安心には繋がることだから。

    そこまでたっぷりと予防線を張っておいて、じゃあこの本は感じるのか、というと感じるような気はする、という声が聞こえる。面白いとも思う(全部が全部面白い訳でもないけれど)。特に、湿ったニュアンスものがいきなり乾いたようになる、住民がパーツに分解されるシーンなんて、そこで躓いたようにギャップを感じて、頭の中で脳が揺さぶられたような感覚がする。それは身体的にとても面白い。でもそんな風に理屈っぽく言ってみた途端面白みは失せる。

    誤解のないようにしておきたいけど、もう自分は一通りそんな風に理屈をこねてしまったので最初に感じた面白みが何だったのか解らないような気にもなっている。だからこそ敢えて聞きたいのだけれど、みんなは何が面白いと思うんだろう。

  • 「小さな小さな"内ホーナー国"とそれを取り囲む"外ホーナー国"。国境を巡り次第にエスカレートする迫害がいつしか国家の転覆につながって…?!「天才賞」として名高いマッカーサー賞受賞の鬼才ソーンダーズが放つ、前代未聞の"ジェノサイドにまつわるおとぎ話"。」

  • 題名も表紙も不穏な感じ。
    登場人物の形態が独特すぎて、想像が止まらない。
    フィルがどんどんエスカレートしていくし、大統領が頼りないし、どうなるんだろう。。。とかなり心配してしまったが、、最終的には他国の干渉、超越した存在があらわれて終了。最後はあっけなかったかな。
    短くて読みやすかった。

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著者プロフィール

1958年テキサス州生まれ。なにげない日常を奇妙な想像力で描く、現代アメリカを代表する作家。おもな小説に、『短くて恐ろしいフィルの時代』、『リンカーンとさまよえる霊魂たち』(ブッカー賞)など。

「2023年 『十二月の十日』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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