誘惑者 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社
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感想 : 17
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784061963443

作品紹介・あらすじ

噴煙をあげる三原山に、女子大生が二人登っていった。だが、夜更けに下山してきたのは一人きりだった。ちょうど一カ月前にも、まったく同じことがあった。自殺願望の友人二人に、それぞれ三原山まで同行して、底知れぬ火口の縁に佇たせた自殺幇助者鳥居哲代の心理の軌跡を見事に辿り、悽絶な魂のドラマを構築した、高橋たか子の初期長篇代表作。泉鏡花賞受賞。

感想・レビュー・書評

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  • 以前読んだ『人形愛~』が面白かったので長編も読んでみよう、鏡花賞だし、と軽い気持ちで手に取ったけれど予想以上の面白さだった。面白い、という言葉には語弊があるかもしれないけれど、単純に読書体験として、読んでいる間の気持ちの昂ぶりを表す言葉が他にないから。

    二人のクラスメイトの自殺を幇助した女子学生の実際の事件をモチーフにしており、序章ですでに主人公は警察に取り調べられ新聞記事になっている。物語は、友人たちの自殺を見届けた彼女が何を考え、何をしたのか、三原山の火口に飛び込んで自殺した二人の少女が死を選ぶ理由はなんだったのか、を辿っていく。

    彼女たちの言動は、普遍的な思春期の少女的自意識に支えられている反面、当時(昭和20年代)に京大で心理学を専攻している主人公の思考回路は哲学的で形而上学的、ふわふわした現実逃避的な部分と、妙に生々しい現実的な部分のバランスの、不安定さが逆に絶妙のバランスになっていて最後まで飽きない。

    はっとするような表現や比喩が頻繁に出てくる、文章そのものも斬新で美しかった。煙草を吸う女友達の、すぼめた口元を見て「鶏の肛門」を思い浮かべるとか(笑)まあこれは極端な例ですが。

    自身は「生きていたくない」と思いつつ「死にたい」までには至らない主人公・鳥居哲代を、死への誘惑者だという砂川宮子、同じく死への同伴者として哲代を追い込む織田薫、それぞれのキャラクター、関係性も秀逸で、女同士の仲良しグループのこの感じ、わかるわかると世代を問わずに共感できる部分もあると思う。

    悪魔学の権威・松澤龍介は、聞くまでもなくモデルが澁澤龍彦だとわかって笑えたけど、彼を登場させずとも鳥居哲代の虚無感は表現できたのではないかという点では、不要なキャラだったかな。

  • 小説家を目指していた知人に薦められて読みました。高橋たか子氏の小説を読むのは初めてでしたが、この著者がどういった種類の小説家なのかを知るには格好の一冊であると思います。

    主人公「哲代」の友人が、自殺に際して哲代という「誘惑者」の本質について語る内容が興味深く、強く印象に残りました。曰く、哲代が「死」の本質を見極めんとして「死」を煎じ詰める事により、当初は希薄だった友人達の自殺念慮が次第に濃密になり、終に実行されてしまうのだ、と。

    「煎じ詰め」るという表現に錬金術の影響を覚える向きもあるかもしれませんが、この著者は(少なくとも本著を書いた時点では)むしろグノーシス主義に傾倒していたのではないかと思います。作中の「存在するものは悪魔であり、存在しないものは神なのだわ。」という台詞は所謂キリスト教グノーシス主義の思想を極めて端的に表現しているように思いました。
    著者は澁澤龍彦氏と親交があり、この物語にも氏をモデルにした人物が登場します。もしかしたら著者は澁澤龍彦氏を介してグノーシス主義の事を知り、それがこの物語を生み出す切っ掛けとなったのかもしれません。
    尤も私はグノーシス主義に詳しい訳ではなく概略しか知りませんので、全く見当違いの見立てかもしれませんが。

  • 京都大学で心理学を専攻する女子学生の鳥居哲代が、砂川宮子、織田薫という二人の友人たちに相次いで同行し、彼女たちが三原山の火口に身を投げて自殺するのを見届けることになった経緯をえがいた作品です。

    郷里の母親から、結婚を強引に勧められていたことに苦悩した宮子は、自殺を決意したと哲代に明かします。哲代は、彼女とともに伊豆大島を訪れ、三原山の火口をめざします。しかし死へと旅立っていく直前に、宮子は彼女をなにもかも受け入れる哲代に「誘惑」されて、死んでいくことになったと告白します。

    さらに、つねに哲代と宮子の両者に対して独占欲を示していた薫も、宮子の歩んだ道を正確にたどることによって、これまで何度か試みながらも果たさないでいた自殺へと向かいます。またしてもその同行者となった哲代は、悪魔学に傾倒する松澤龍介から、三原山の火口に身を投げることが緩慢なガス中毒を意味することを教えられていたものの、そのことを薫に告げることができないまま、薫の死出の旅を後押しすることになります。

    哲代は二人の親友を自殺へと「誘惑」する者でありながら、彼女自身には自分が二人にとってそうした役割を果たしていたことへの自覚はありません。それにもかかわらず、自分自身の心のうちに存在する、光のとどかない暗部を観察しようとする哲代の身振りが、二人の友人を死へみちびくことになったようにも思われます。

  • 3.86/128
    内容(「BOOK」データベースより)
    『噴煙をあげる三原山に、女子大生が二人登っていった。だが、夜更けに下山してきたのは一人きりだった。ちょうど一カ月前にも、まったく同じことがあった。自殺願望の友人二人に、それぞれ三原山まで同行して、底知れぬ火口の縁に佇たせた自殺幇助者鳥居哲代の心理の軌跡を見事に辿り、悽絶な魂のドラマを構築した、高橋たか子の初期長篇代表作。泉鏡花賞受賞。』

    『誘惑者』
    著者:高橋たか子
    出版社 ‏: ‎講談社
    文庫 ‏: ‎376ページ
    受賞:泉鏡花賞

  • 途中挫折

  • ほとんどのめり込むようにして読んだ。
    「ヒトの明暗と暗部」と言い切ってしまうと少し違う。作中の表現にもあるが、「生の裏側からもうひとつの生がにじみ出て」くる様子を、通り過ぎていくだけのようで実はヒトを形作るファクターになっている事象とともに、濃く深く、鋭く、対比を巧く使って浮かび上がらせている。主人公の性質が、すべてに一役買っているようにも思った。
    ただ考えるのは、なぜ主人公は、より苦しいほうを選択することはしなかったのかということである。

  • 後半の緊張感、怖いもの見たさで読んだ。たまたま矢野澄子さんの小説を読んだばかりだったので、つながって驚く。

  • タイトルに惹かれて購入。著者の高橋たか子は『邪宗門』で知られる高橋和巳の夫人。
    2人の友人の自殺を見送った(?)女学生が主人公。妙にキリスト教的な価値観を感じるなぁと思っていたら、著者は実際に洗礼を受けたらしい。
    読後感が不思議と倉橋由美子と似ている。主人公と自殺した2人の友人との関係が、濃密でありながらドライで、そういうところに倉橋由美子と同じ匂いを感じたのかもしれない。

  • ちっとも生きてなんかいたくない主人公の鳥居哲代、死んでしまいたい砂川宮子、過去に自殺未遂を二回している織田薫。三原山の火口への二人の投身自殺をそれぞれに見届けた主人公の、自問自答や外界への関わり方が描かれている作品。
    無表情、どうだっていいけれども他者の深い部分への関心が止まない、自殺はしないけれど見届けることは難なくできる。織田薫が死ぬ段になっても鳥居哲代は自分ばかりを見つめていたので織田薫の姿を見ることすらしていなかった。自分に似すぎていてぞっとする。きっと私もこんな感じなんだろうなと思う。
    砂川宮子と同じ道をたどることだけを自殺を完遂する唯一の方法だと執着していた織田薫が、最後、砂川宮子より一歩踏み込んだ形で火口に身を投じたのが印象的。
    「火口の中はぱあっと明るい」
    織田薫は火口の中に本当の生があると信じ込み、死に際鳥居哲代に無理にそう言わせる。
    それを背負ってのラスト一文が鳥肌もの。自分は鳥居哲代に似てるなと感じる人はあの一文は現実のものとして、誰かに自分を見透かされているようなものとして感じるのではなかろうかと思ったり。

  • 形而下の会話をしたことないという、若い女学生がそんな観念的な会話ばかりしてたら「死にたがり」も増長するだろう。登場人物達の外的なパーソナリティを潰すことで、内的に潜在する不可知の部分を掘りおこす。内向する意識を、自殺幇助を担う主人公の脳裏に浮かぶ風景として炙りだす。静かに波が押し寄せる真暗な夜の海、掘立小屋と瓦礫が点在する荒れ寂れた焼跡、聳える火山と奈落する火口‥これらの風景が〈もう一人の私〉として浮かび上がる。もはや不可侵のエリアだ。私が私であることの間には測り知れぬ深淵がある。私は飛び越えられない。

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著者プロフィール

高橋たか子(1932.3.2~2013.7.12) 作家。京都市生まれ。京都大学文学部修士課程修了。修士論文は仏語で「モーリアック論」。大学卒業後に結婚した高橋和巳の創作活動を支える一方、自らも小説・評論を書き続ける。71年に夫を亡くした後洗礼を受け、日本とフランスを往復しながら霊的生活と作家活動を送る。『空の果てまで』の田村俊子賞を始め、『誘惑者』で泉鏡花賞、『怒りの子』読売文学賞、『きれいな人』毎日芸術賞など多くの文学賞を受賞。

「2022年 『亡命者』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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