新しい人よ眼ざめよ

著者 :
  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (292ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062005302

感想・レビュー・書評

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  • 大江健三郎というのは、オレにとって、同時代でもないし、なんでもないんだけど。
    彼の小説は、いつも新しい。新鮮。

  • 出生前診断で子どもに障害があるかどうかを母親の胎内にいるあいだに調べれるようになった。それが世の中にもたらす影響は様々な事があるだろうがその善悪についてここで追求するつもりはない。それぞれの家で考えて決めればいい事だ。

    作家大江健三郎の長男はイーヨーという渾名で呼ばれている。おそらくはその大きな体とゆっくりとした動きからだろうだろうが実際の渾名はプーちゃんだったらしい。書籍化するにあたりイーヨーに改めたそうだが著作権の問題だろうか。他には妻とイーヨーの弟、イーヨーの妹と五人で暮らしている。本を読むまで知らなかったのだが、イーヨーは生まれついての障害を持っている。

    この物語にはいくつかの軸がある。イーヨーとの生活についてがもっとも大きな軸となるが、次に大きく大事なのは18世紀後期から19世紀前期にかけてイギリスで活躍した詩人で銅版画職人のウィリアム・ブレイクだろう。イーヨーが障害児だったことと同じくこのブレイクという人物の存在もこの本を読むまで名前すら知らなかった。この本のそれぞれの話はブレイクの引用で始まりまたブレイクの引用で終わる。著者の人生と重ね合わせ対比する事で心境を描いているのだが、正直言って理解の範疇を軽く超えている。はじめは断片的な詩の奥に隠される真の意味を読み解こうと努力したが、結局全く分からず途中からは申し訳ないが半分以上はとばして読んでいた。過去の自分の作品からの引用もあった。ファンにはたまらないのかもしれないが初めて読んだ身としてはブレイクの詩と同じく確かにそこに書かれていたと確かに認識して終わった。

    イーヨーとの生活、ブレイクの詩とともに書かれるのが新しい定義。自分や妻の死後も残される事になるイーヨーに向けての遺産としての作業なのだが、これはなかなか進まないようだ。憲法の定義も考えなければいけないとも書いてあり、昨今の反原発運動もその一環と思える。

    あとは回想。大学時代に食パンにコロッケを挟みソースをかけて食べていた話やイーヨーが生まれる前の話、キーコとの話は気を抜いて楽しく読める貴重な部分だ。

    外国の言葉に精通している人特有の文章だと思ったのだが、すらすらと読めるものではない。日本語を多く知っているが故の表現が多く耳で聞くよりも目で読むための文章だ。読めない漢字や意味の分からない単語が多く調べながらの読書は苦心した。

    冒頭こういう段落がある。<blockquote>発熱しているのかと疑われるほど充血しているが、黄色っぽいヤニのような光沢をあらわして生なましい。発情した獣が、衝動のまま荒淫のかぎりをつくして、なおその余波にいる。すぐにもその荒々しい過渡の活動期に、沈滞期がとってかわるはずのものだが、まだ躰の奥には猛りたっているものがある。P16<-blockquote>
    これは海外での仕事から帰ってきて息子と対峙した場面だ。実の息子というかむしろ人間について書いてあるとは思えない内容だ。イーヨー以上にこの文章の生々しさに軽く衝撃を受けた。他にも<blockquote>――お父さん、本当のことを言うと僕は小さい時分からひとつのおなじ夢を見る。それはさらに僕が小さかったころ、つまりは生まれたてのころ、お父さんが僕を殺そうと一生懸命に手だてをもとめてる夢なんだ……P112<-blockquote>
    というセリフもある。実際にはこういった事をイーヨーは言っていない。著書がイーヨーの夢について考える時、こう言われるのを常に恐れているという話だ。しかし容易に想像できる真顔のイーヨーは読んでいるボクをぞっとさせた。
    生まれてすぐに腫瘍によりイーヨーが生死の境を彷徨っている時、著者はある人物に相談に言っている。その人物は「生まれてきたよかったと誰も言い切れない時代なんだからどちらに転んだってそれはそれでよかったとしようや」というようなことを言っていた。ボクは多いに共感を得たがそれは自分自身も男親であるからだろう。お腹の中からの長い付き合いの女親はそうもいかない。
    結果イーヨーは障害をもった子どもとして生きる事になった。
    物語の最後イーヨーは自分の渾名を拒み光という本名で呼ばれる事を望む。大江光、ハタチのときだ。光という名前に希望を感じた。

    目次
    無垢の歌、経験の歌
    怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって
    落ちる、落ちる、叫びながら……
    蚤の幽霊
    魂が星のように降って、?(あし)骨のところへ
    鎖につながれたる魂をして
    新しい人よ眼ざめよ

  • 辛い

  • 頭に障害をもつ長男に接する心のありようが書かれる。無垢の歌、経験の歌、群像、1982-7。怒りの大気に冷たい嬰児が、新潮、1982-9。落ちる、落ちる、叫びながら、文藝春秋、1983-1。蚤の幽霊、新潮、1983-1。魂が星のように降って足付(足偏に付けるで一文字の「あし」)骨のところへ、群像、1983-3。鎖につながれたる魂をして、文学界、1983-4。新しい人よ眼ざめよ、新潮、1983-6

  • 障害を持つ長男との共生をテーマとした短編集。

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著者プロフィール

大江健三郎(おおえけんざぶろう)
1935年1月、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)に生まれる。東京大学フランス文学科在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を受賞する。さらに在学中の58年、当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞、64年『個人的な体験』で新潮文学賞、67年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、73年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、83年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、84年「河馬に噛まれる」で川端賞、90年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。94年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。

「2019年 『大江健三郎全小説 第13巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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