「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 (シリーズ子どもたちの未来のために)

  • 講談社
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  • Amazon.co.jp ・本 (146ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062119047

作品紹介・あらすじ

死体のにおい、戦場の音……。

戦争の本質は、今も昔も変わらない。

「ミスター・ネルソン」女の子はまばたきもせず、わたしをまっすぐに見つめると、たずねました。
それは、わたしにとって運命的な質問でした。
「あなたは、人を殺しましたか?」
だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。
わたしの体はこわばり、重くなり、教室の床にめりこんでいくような気がしました。――本文より

感想・レビュー・書評

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  • ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    「ミスター・ネルソン」
    女の子はまばたきもせず、わたしをまっすぐに見つめると、たずねました。それは、わたしにとって運命的な質問でした。
    「あなたは、人を殺しましたか?」
    だれかにおなかをなぐられたような感じがしました。(p.22)
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

    小学4年生の生徒たちの前で、ベトナムでの戦争体験を語ってくれと頼まれたアフリカ系アメリカ人のアレン・ネルソンさんは、お話のあと、質問はあるかとの問いに手を挙げたある女の子に、運命的な質問をされました。
    そして、葛藤のあと、目を閉じたまま「YES」と答えます。
    女の子は小さな手をネルソンさんの腰に回して、やさしくだきしめようとしました。
    「かわいそうなミスター・ネルソン」
    女の子の目には涙がいっぱいたまっています。ネルソンさんは泣き崩れました。
    PTSDに苦しんでいた彼は、この瞬間から生まれ変わります。

    ニューヨーク生まれのネルソンさんは、貧しさと暴力に満ちたゲットーで、少年時代を過ごしました。
    彼の生い立ちを聞くと、海兵隊に入らない選択肢などなかったのではないかと思えます。それほどすさんだ生活でした。

    そしてべトナムへ赴き、初めての戦闘に巻き込まれます。
    戦場では、考えたり感じたりしてはいけない。どんなことが起ころうとも、恐怖をコントロールしてタフにならなければならない。
    ベトナム人に愛着を感じることのないようにしろ。奴らはグーグス(gooks:ベトナム人の蔑称)であって人間ではないのだ。

    殺したベトナム人の死体の耳を切り取って持ち歩く。
    アンブッシュという待ち伏せ作戦、村落を焼き払うサーチ・アンド・デストロイ作戦。
    女も子どもも老人も皆殺しです。農民であろうとベトコンであろうとお構いなしに。
    無慈悲に、なんの感情もなく村に火を放ち、殺し続けたのです。

    そんな日々を送っていたネルソンさんの心を変えたのは、あるベトナム人の青年の言葉でした。
    青年は頭を撃ち抜かれる前に、片言の英語でこう言ったのです。


    「なぜ、あなたたちはわたしの国にいて、わたしたちを殺しているのですか?わたしたちは自由のために戦っています。あなたたち黒人も自分の国では自由すらないではありませんか」


    そしてさらに、決定的な出来事に遭遇します。
    ある村の裏庭の防空壕で、若いベトナム人の母親のなんと、出産を目撃してしまったのです。
    「出産に立ち会った」というのは衝撃的すぎますが、人種の壁を越えるとか、妙な洗脳から解き放たれるキッカケなんて、意外と些細な出来事だったりしますよね。

    私も初めてブラックアフリカの地を踏んだ時、あまりの文化の違いや黒人の態度に情けないやら腹立たしいやらで、今一歩踏み込めずにいたのですが、あることがキッカケで一瞬にしてアフリカ人が好きになってしまったのです。
    このことはここにも書きました。→『On Third World Legs〜第三世界の脚で立つ〜』
    ホコリ避けにこれを鼻の穴につめろと綿を渡された話ですがね(苦笑)。

    ベトナム人も自分たちと同じ人間だ、グークスなんかじゃない。
    彼はそう気づいたのです。正常な感覚を取り戻したのですね。


    この本には、当時まだアメリカの占領下にあった沖縄についても書かれています。
    この項を読むと、日本人である私はとても胸が痛くなります。
    タクシーの料金を踏み倒すのは日常茶飯事で、女性と遊んでお金を要求されても払いたくなければ払わず、容赦なく殴りつけたりしたこと。沖縄の人たちを「ジャップ」と呼び、人間として見ていなかったこと。
    そして、どんな悪行の限りをつくしても、基地のゲートをくぐってしまえばアメリカ兵は安全であり、沖縄の警察の手が及ぶことはなかったこと…。


    1995年。
    ネルソンさんは、沖縄で12歳の少女が米兵3人に集団レイプされたという事件をニュースで知ります。
    そして、ベトナム戦争が終わって20年も経つのに沖縄にまだ基地があり、アメリカ兵がまだ居るという事実に驚いたと言います。
    私にはその事のほうがショックでした。
    ああ、普通のアメリカ人にとっては、その程度の認識なんだ沖縄って…と。
    現在でも、ベトナム戦争当時と同じような悲惨な事件が続いていることを、アメリカの人たちは知っているのでしょうか。
    「なぜあなたたちは私の国にいて、犯罪や暴行をくり返しているのですか?」


    ほとんどの漢字にルビがふってあり、小学生なら十分読める。「シリーズ・子どもたちの未来のために」という講談社の発行している本の一つです。子ども向けと言っても、大人にこそぜひ読んで欲しい、そんな本。
    (2023年6月7日ブログ鍵のため再投稿)

  •  子供向けの本であるが、子供だけに読ませておくのはあまりにもったいない。多くの人に広く、とりわけ、選挙権を持つことになった高校生に読んでもらいたい本である。
     著者のアレン ネルソンはニューヨーク生まれ、18才で海兵隊に入隊し、沖縄のキャンプ・ハンセンに勤務後、66年から約1年、ベトナム戦争に従軍した。帰還後は平和活動に従事し、2009年多発性骨髄炎により61才で亡くなるまで、アメリカや日本の各地で戦争の実像を伝え続けた。
     ベトナムから帰還後、彼は毎晩悪夢にうなされる。当時はその名称は全く一般的ではなかったが、重い心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状だった。正常な毎日が送れなくなった彼はホームレスになり、知り合いに食べ物をもらったり、万引きしたりしながら、勝手に忍び込んだ無人のビルで暮らしていた。勲章を4つもらった優秀な兵士のなれの果てだった。
     ある日彼は通りで、高校時代の同級生ダイアン ウイルソンに偶然会う。小学校の教師になっていた彼女は、講演料も支払うので、学校に来て子供たちにベトナムでの経験を語ってもらえないかと言う。一度は断ったものの、次に彼女が持参した子供たちの絵や作文に、久しぶりに心が和んだネルソンは結局了承し、学校を訪ねていく。
     相手が子供ということもあって、戦争の真の残酷さは避けて、仲間の死、ジャングルの虫、蒸し暑さ等、表層的なことを語って講演を終え、最後に子供たちからの質問を受けていたとき、最前列にすわっていたの女の子が手を挙げ、ネルソンを真っ直ぐ見つめてこう訊いた。

    「ミスターネルソン、あなたは人を殺しましたか?」

     訊かれた途端彼の脳裏に、初めて殺した男の顔、服装、その男の耳を記念に切り取ったことなどが甦り、彼はしばらく硬直してしまう。初めの人殺しを皮切りに、民間人の女性、子供を含め、彼は数えきれないほどベトナムの人を殺していた。長い沈黙の後、「Yes」と答えたまま目を閉じてじっとしているネルソンを、少女は、「かわいそうなネルソンさん」と言いながら抱きしめる。彼はこのときから生き直す決意をする。
     沖縄での訓練の様子も描かれている。教官が叫ぶ。
    「おまえたちのしたいことはなんだ?」
    「殺す!」
    「聞こえんぞ!おまえたちのしたいことはなんだ?」
    「殺す!」
    「聞こえん!」
    「殺す!殺す!殺す!」
    「スペルを言え!」
    「K!I!L!L! K!I!L!L! 殺す!殺す!」
     また、当時アメリカ占領下にあった沖縄での海兵隊の振る舞いも描かれている。アジアの民族は劣等だと叩き込まれていた彼らは、沖縄の人々を自分たちと同じ人間だとは考えていなかった。例えば街で酒を飲み、タクシーでキャンプ・ハンセンに戻るとき、タクシー代はふみたおす。運転手に支払いを催促されたときは気絶するまで殴り倒した。女性と遊ぶときも金はふみたおす。それでも要求してくれば、やはり容赦なく殴り倒した。いくら悪行を重ねても、逮捕される心配は全くなかった。こうしたふざけた「伝統」は今も死んでいないだろうと思わざるを得なかった。
     この本を読むと、戦争は勇ましいものでも、気高いものでもないこと、戦争は実際の戦闘の前に既に始まっていて、戦闘が終わっても終わらないこと、また、戦場だけが戦争の場ではないことがよくわかる。人間にとって、本当に護らなければならないものは何なのかを教えてくれる、大変貴重な本である。

  • ベトナム戦争から帰ってきて、ホームレスになった元兵士の告白。
    どんな理由をつけたところで、前線の兵士にとって戦争は人殺しでしかない。大義名分は国のものであって、兵士に残されるのは血まみれの両手と、自分が殺した相手の目や、歯や、血溜まりの映像だ。そういうものが平気な人もいるだろうが、平気ではいられない人も多いだろう。著者は後者だったから病み、ホームレスになった。そして、自分の経験を語り続ける。
    著者は被害者ぶらない。自分や、自分たち兵士が、駐屯していた沖縄や、戦いに行ったベトナムで、現地人をどう見ていたか率直に語る。どのように「敵」を殺したかを語る。戦闘と虐殺は紙一重だ。それは栄光とは程遠い。
    被害者にもなれないことが、帰ってきた兵隊の最大の悲劇なんだろうと思う。

    冒頭、子供たちが著者に語りかける「あなたは人を殺しましたか?」 Yesと答えざるを得なかった著者にしがみついて、ある子がこう言う。「かわいそうなネルソンさん」
    著者はこういう子供たちが「かわいそうな」大人にならないよう、自分の暗闇を語り続けるのだ。

    日本の憲法第九条を知った著者は、「これだ」と思う。
    日本の現状を知って、ネルソンさんはどう思うだろう?

  • ベトナム戦争に従軍していたネルソン氏による自伝。

    ベトナム戦争の生々しさ・死と向き合う恐怖・人を人と思わず、殺すのをためらう感情すら失われていく異常さー本著は繰り返し読んでいるのですが、読むたびに深く考えさせられます。

    現在世界的に紛争・ナショナリズムの台頭で世界的に緊張状態が続いています。
    今後、兵器のロボット化・無人飛行機による殺人など倫理・人道に対する問題が世界を揺るがしかねません。

    戦争を繰り返してきた人類は言葉を持ち、対話を通して平和や安心できる暮らしを望んできました。
    武器ではなく言葉を持って、人が日々の暮らしを穏やかに暮らせるように努めていきたいと考えています。

  • 図書館でみかけて、ちょっと中身を確かめるつもりがそのまま最後まで読んでしまった。
    ベトナム帰還兵が語る戦争の話。講演をまとめたのかな?

    著者は十代のときに海兵隊に入ってベトナム戦争に行った。
    ベトナムに送られる前にはしばらく返還前の沖縄基地にいた。
    まだキング牧師が生きていたころの話。

    2~3年前に見た海兵隊のドキュメンタリー映画を思い出した。
    今世紀に撮られたもので、しかも部外者が入り込んで撮影できる範囲のものであったけれど、訓練風景はここに書かれているものと変わらない。
    思考を奪い、人を殺せる人間を作る。

    沖縄は米軍人にとっての遊園地のような場所だったと著者はいう。
    しかし沖縄人にとっては屈辱的な場所だっただろうともいう。
    新兵一人をつくるためにかかる値段を考えたら、米軍人がジャップに犯罪行為を働いたくらいで捕まえるなんてとんでもない。
    これが全然「昔の話」じゃないなんて。
    きっと、沖縄人に暴力をふるえないようなできそこないの兵士はベトナム人を殺せない。

    その後、しばらくしてベトナムへ行って、人を殺す。
    ベトナム人という生き物を殺すことに慣れて、そのあとベトナム人という人間に気がつく。

    ベトナムの宣伝ビラに「今米国では自由のために黒人が闘っている。私たちも自由のために闘っているのだとわかってほしい」といったことが書かれていたとある。
    それで『対日宣伝ビラが語る太平洋戦争』http://booklog.jp/users/melancholidea/archives/1/4642080643を思い出した。
    日本も黒人兵に向けてお前ら鉄砲玉に使われてんぞ的なことを書いたビラを配ったけれど鼻で笑われた、みたいなことが書いてあった。
    あれは日本の書き方が下手だっただけじゃなくて、心理的に認められないっていうのもあったのかもしれない。(黒人兵への調査結果じゃないから、実際にどう読んだのかはわからないけれど)

    この人は命の重さに苦しんでいる。
    それでも「村に子供と老人以外の男がいないのはベトコンだから」「村人が地雷原の情報を隠したので」といった言葉を普通に使う。
    米兵に殺されないように隠れたとは考えないのかな。
    イラクの米兵も「やつらは地雷の場所を知っている。でなければ畑で働けるはずがない」みたいなことを言っていた。
    危なくたってそこで生活しているなら行くしかないのに。
    考えないようにしているのか、思いつかないのか、たまたまこの本の中では触れられていないだけなのか。

    アメリカにもどり、PTSDに悩まされてホームレスになっていた23歳のときに高校の同級生とばったり会って、教員になっていたその人に小学校で講演をしてくれと頼まれる。
    そこで表題の質問をされ、「経験を語る」ということを始める。


    著者は2009年に亡くなったそうだ。それまで日米で戦争の悲惨さを訴えていたらしい。
    9.11のとき、星条旗を配られたけれど家に掲げなかった。
    近所の人になぜと問われて理由を述べたら近所の人たちも星条旗を下してくれたという。
    あの空気の中でそれができる人はどんな人なんだろう。
    この人が生きている間に知りたかった。名前は知ってたのに。

  • ベトナム戦争帰還兵が、戦争のむごたらしさを告白した本。

    ベトナムから戻り、PTSD(心的外傷後ストレス症候群)に悩まされていた時、講演料目当てで小学校でのベトナム戦争の体験を話すことを引き受けた。当り障りのない、うわっつらの戦争の恐ろしさを話した後、生徒にされた質問「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」に、葛藤しながらも「YES」と答えた。その生徒は、「かわいそうなミスター・ネルソン」と泣いてくれた。
    それがきっかけで、彼は戦争の真実を伝えていこうと決心した。
    この本も、どちらかというと子どもが読むことを想定して書かれているようだ。

  • 未だに、小説以外の本に評価をつけるのは違和感があるのでつけないが、この本は大人も子供も兵士がどういうものか、人を殺すこととはどういものか知ることができると思う。沖縄の嘉手納基地も少し出てくるので、気になる方読んでみて下さい。

  • 2017.09.29 図書館

  • 図書館で。
    ベトナム戦争は富裕層の若者たちはヒッピーになり戦争反対などといって徴兵を逃れ、貧しい有色人種の若者の多くが戦場に送られたと聞いたことがあります。なんとも悲しいお話です。

    人を人として見ない、人を殺す道具として兵士を作りあげる。なんとも恐ろしい話です。でもそう考えなくては本来、そう簡単に殺戮など出来ないのだ、と思いたいものです。

    そして、外国の人も誇る日本の憲法9条を今、当の日本人が変えようとしている。少し前に核兵器の使用を禁止しようとした会議で日本がアメリカに追随して反対したことにも驚きましたが日本人ってなんでこうも忘れっぽいんだろう?と臍を噛む思いです。日本なんて資源の無い国が戦争なんかしたらイチコロだろうに。食料自給率が4割切る国で輸入が止まったら国民の大半は飢え死にだぞ?そういう事をもっと日本は教育として教えていくべきではないのでしょうか。ただ美しい国日本、なんて言ってる場合ではなく。

  • 短いが、戦争の描写には生々しさが色濃く出ていて、決して児童向けと侮れない。

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著者プロフィール

1947年、ニューヨーク・ブルックリン生まれのアフリカ系アメリカ人。海兵隊員としてベトナム戦争の前線で戦う。帰国後の戦争による精神的後遺症から立ち直った後、日米両国で精力的に講演活動を行い、戦争の現実を訴えつづける。2009年3月逝去。

「2010年 『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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