花腐し (講談社文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062751216

感想・レビュー・書評

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  •  登場人物は独りだ。
    記憶とともに生きて、腐って、死んでゆく。
    記憶という花が現在の自分を腐らせる、止めることはできない。

    他人も自分の妄想の産物に過ぎず、しかしそれが自分を刺激し、更なる記憶を形造っていく過程がどろどろしている。

    諦めをゴールとして自ら抑圧して、ほとんどなくなってしまったあらゆる欲求が解放されたとき、己と現実の境界はなくなってしまった。

  • 「変なひとねえ、ずっと傘をさしてたのにさあ、いったいどうしてこんなにぐしょぐしょになるのよ、傘のさしかた知らないの」

    「『しかもその生き物が番って増えて、いろんな種に分かれたり何やかんやしているうちに意識なんていうお化けが生まれちゃった。意識とか心とか論理とか、みんな怪異なお化けじゃない』」

    「『俺は、面白いからみんなでああいうもの食えばいいと思うだけ。ほんとになあ、みんな我慢して我慢して、小さいプラスをチマチマ稼いでさ、せいぜいのところホルモン焼き食ってチュウハイ飲んで憂さを晴らしてさ、まあそんなものでしょう。人生そんなものと自分に言い聞かせて諦めてるだけでしょう。で、さもしい魂胆でキャバクラなんか通っても、もちろん女の子からはまともに相手にされなくて、金だけ毟られてさ、そういう惨めなことを我慢するのはもうやめようよってことなの。もう右肩上がりの時代なんて永久に戻ってこないし、第一、たとえ右肩上がりでも良いことなんか碌にないんだってことが、もうみんなにわかっちゃったわけじゃない。マジックマッシュルーム食って幸せになってた方がどんなにいいか』」

    「『この世の花。それをいとおしむ気持ちってものがね。初めて湧くの。空っぽをどう愉しむか、虚空を踏みながらどうやって面白く生きるのかっていう、せめてものケアーだよ。こころくばりだよ』
    『じゃあ、生きるのか、やっぱり』
    『そう、生きる』」

    「そうかそうか、燃えちまえと栩谷は思った。新宿駅も伊勢丹も『ドン・キホーテ』も都庁ビルも、映画館もホテルもコマ劇場も、何もかも燃えちまえ。娘の腿の方までとろとろと広がっているこの生暖かいものはひょっとしたら伊関の精液かという思いが掠め、しかしその直感は栩谷のペニスをいっそう硬くこわばらせるだけだった。汚穢の中に沈んでいけ底の底まで堕ちていけと自分に言い聞かせながら栩谷は少女の首の下に腕を回し、もう片方の手は少女の太股に押し当て白く細い躯を折り畳むようにして優しく抱きしめた。何か全身の皮膚がひどく過敏になっていてその過敏さはペニスの先端で煮凝るようにきわまり、それが少女の馥り立つ両腿の間の複雑に重なり合うようになった粘膜を掻き分け、ずいぶん潤っているようなのにみしみしと軋みながら少しずつ中に入ってゆくにつれ、そのかすかな軋みの一つ一つが脊髄に響くようにして伝わってきた。それから栩谷の記憶に炎が広がった」

  • 「だが疲れたなという吐息はやはり中年男のもので、人を疎んじながら、憎しみながら生きるのにはもう疲れた、もういい加減終わりにしてもいい頃合だろうという呟きが声にならないまま息にのって唇から洩れ、それですっかり気落ちしたようにうなだれて足元に目を落とすと、自分が汚れた素足を突っ込んでいるのはそれでもやはり小学生の履くような小さな空色の運動靴だった。」

    『ひたひたと』の冒頭には、欧米の言葉には翻訳不可能な、まさに日本語独特の調子がある。なんとなしに、何の期待もなく手にとってみたこの本の冒頭部分を読んで、泉鏡花のことを考えた。日本語には日本人が感じる美しさがあって、諸言語に共役可能な、単なる意味のかたまりとして分節化された単語とそれを配置する規則に基づく体系という言語観には還元されない言葉のつらなりが、日本語という言葉が本来持っているリズムとはこのようなものであったか、と思い出させてくれる。翻訳体と、極端に単純化された論理形式のビジネス文書の中に埋もれている日常にあって、こうした文を読むことは心を豊かにすることであると思った。

    生への疲弊を自ら見つめなおすこと、疲弊を単なる対象として分析するではなく、疲弊そのものを生きること。それは、実存としての同一的自我を構成していた記憶とは異なる、切り捨てられてきた記憶の中にたゆとうことで自我の深みを感じることだ。分裂症的とも言える疲弊した自我の態度のなかに、人間の重みを感じた。

  • 題名からして暗く、実際暗い印象を受ける小説なのだけれども、
    どうしてこういう風に書こうとするのか、というのがなかなか気になる作家である。

  • 選考委員の方が格が下。

  • 1/29
    表題作よりも、「ひたひたと」の方が好き。
    会話をなくした幻想的な雰囲気はなかなか句読点が入らない叙述のせい。

  • 芥川賞受賞作。

    腐ってるねい。

  • 読むことですでに快楽を感じさせる。図書館で何回も借りるぐらいだったら、買ったらいいのに。

  • 短編の名手。

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著者プロフィール

1954年生れ。詩人、作家、評論家。
1988年に詩集『冬の本』で高見順賞、95年に評論『エッフェル塔試論』で吉田秀和賞、2000年に小説『花腐し』で芥川賞、05年に小説『半島』で読売文学賞を受賞するなど、縦横の活躍を続けている。
2012年3月まで、東京大学大学院総合文化研究科教授を務めた。

「2013年 『波打ち際に生きる』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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